第4話 秋久の名月
ビルザ博士は楽しそうに鼻歌を歌いながら粘土をこねていた。
こねこねしながら伸ばしたり形をととのえたりして、動物の形になっていく。
「ようやくできた。さぁ、見てくれ。ドベリ君。よく出来ているだろう」
「……そうですね。……スゴイデス……」
立派なツノをもった大鹿の粘土細工だ。確かに細部までリアルでよくできている。
作り方もすごかった。芯をつくらず、道具も使わず、手でこねるだけでこれができれば大したもんだ。
ただし、粘土細工の鹿がトコトコと机の上を歩き回っているのはいかがなものか。
もしかしてツッコミを待っているのか? この鹿もゴーレムの一種だろうか。
「ドベリ君、君も仕事熱心だねえ。せっかくの休日なのに造形の修行とは」
「大丈夫です。これが僕の休日の遊びですから」
そう、僕は今日は週に1度のお休みである。僕は博士が作ったゴーレムだ。
休みといっても僕は屋敷から出られないし、アララさんなど先輩ゴーレムの邪魔もできない。
図書室で本を読むか、剣の素振りをするぐらいしかなく、飽きてしまった。
ちなみにこの屋敷では日本語ではない言葉が使われているが、問題なく会話できている。
自動翻訳機能でもあるのかな。
文字は読めるけど、書くのは大変。アララさんに少しずつ教わっている。
なるべく日誌をつけて字の練習もしてはいるけどね。
今日は気分を変えて粘土遊びをやってみた。
するとなぜか博士も参加してきたんだ。しかも僕より作るのがうまい。
「おや、その棒は何かな?」
ビルザ博士の眼鏡がきらんと光った。
「これですか、ブーメランっていう狩猟道具です」
僕は『くの字』の形の粘土細工を持ち上げた。
たしか前世のどこかの国の原住民の道具だったかな。
本来は、投げた後で獲物に当たらなかった場合に戻ってくる道具だ。
昔の特撮ヒーロー番組では、戻ってくるときはなぜか投げた時と逆回転になる。
漫画やアニメでもブーメラン使いがたくさんいたなぁ。
巨大猫に乗る女退魔師とか。
さすがに当たってから戻るのは無理がある。
そんなものは魔法……って、博士なら作れる?
すごく変な魔道具を作ってるみたいだし。
投げれば戻ってくる武器ってロマンがあると思う。
ヨーヨーなんかもいいなぁ。けん玉ってのもいかがなものか。
ビルザ博士はブーメランに興味をもったようなので、僕は軽く説明した。
「なるほど…… 投げて戻ってくる魔道具は私も作ったよ。こういう形だったな」
博士は粘土でソフトボールより少し大きいボールを作った。
トランプのような模様が彫られている。なんだか、月のクレーターみたいだな。
「名付けて『レトゥール・フォルモネ』だ。ボール型ゴーレムだよ。投げつけると必要に応じて軌道を変えることができる。相手の前で跳ねまわって、牽制するのが主な用途だな」
「なかなかいいですね。もちろん自分の意思で戻ってこられるんですね」
投げて戻ってくる武器。いいなぁ。
博士が粘土ボールをぽいっと投げた。ころころと転がって止まる。
今度は逆に転がって、博士のもとに戻る。神具と同じような機能を持たせたようだ。
話をしながら、僕は手を動かして粘土で怪獣人形をつくっている。
粘土でおおまかな土台となる芯をつくり、それに被せるように別パーツの粘土をつけていく。
「私が作ったその神具では敵を倒せるほどの力は想定していなかった。しかし使用者が石投げの名人だった事例では、多くの敵を倒したそうだ」
「名人ですが。凄そうですが、下手にまねすると肩を壊すかもしれませんね」
前世の野球やソフトボールとかでも、投げすぎによる投手の怪我が問題になってたような……
「他の事例では…… 私は手で投げるつもりで作ったが、これを使う冒険者には蹴鞠の名人もいたよ」
「おおっ ボールを蹴って敵を倒すんですか。見てみたいです」
サッカー漫画の必殺シュートとか。空中で大地に背を向けて、頭上で蹴るのがかっこいい。
つい忘れがちだが、魔道具なんだよね。
すばらしいスピードの変化球で撃てるかな
まさに必殺シュートだ。
「その冒険者の逸話なんだが、盗賊団の拠点の洞窟に乗り込んでほぼ壊滅に追いこんだんだ」
なんとなく絵が想像できるな。狭い洞窟内を縦横無尽に跳ね回るボール。
盗賊団にとっては悪夢のような惨状だったか。まぁ、死にはしないだろうが。
「ただ、最後に残った盗賊の首領は口のうまいやつでな。そのボールがゴーレムであることに気付いたのか、冒険者ではなくボールに交渉を持ちかけたんだ」
「え、意思疎通できるんですか、そのボール」
「そうだよ。使用者の言葉を理解できるし、転がり方で『はい』『いいえ』などの受け答えをやらせた冒険者もいた。使用者はあらかじめ、戦う時の跳ね方や動き方の合図を決めておくこともできたよ」
「へぇ。賢いボールですね。でも利口すぎると敵に寝返る危険性があるってことですね」
「私も想定外だったよ。盗賊頭はボールに対して、主人に蹴られて踏まれてかわいそうだと言い出した。危険な場所でボールが一番働いたのに、主人は安全な所でつっ立っているだけだと指摘した。ボールは興味を引いたのか、冒険者の指示を無視して動きを止めた」
「……うわぁ」
「さらに盗賊頭は自分の所に来れば毎日汚れを拭き取ることや、週に一度は休みをいれることを約束した。それで仲間にならないかと呼びかけた」
「冒険者の方はどうでしたか? 相当焦ったでしょうね」
「うむ。かなり取り乱しながら『帰ってきてくれ』と呼びかけるばかりだったそうだ」
「そこでボールに対して、もっと大事にするとか言ってやればいいのに」
「その冒険者は口下手だったようだな。嘘でもいいから、待遇を改善を約束すべきところだが」
「いや、嘘はダメでしょう」
僕は思わずツッコミを入れていた。
「甘いな、ドベリ君。状況にもよるが、真実の針を突き刺すより、偽りのケープで包むべき時だってあるんだよ。そして、冒険者の説得もむなしく、ボールはころころと盗賊頭の方に転がっていく」
「……どうなりました?」
「盗賊頭が、得意になって言ったんだ。『キサマの前の主人を倒せば、嫁になるボールも見つけてやる』と。すると、いきなりボールは身体を硬化させて盗賊頭に体当たりした。相手を昏倒させた後、元の冒険者のところに戻ったそうだ」
「そっか、待遇はともかく主人を死なせるのは許せなかったみたいですね」
ゴーレムに心があるって不思議だなぁ。
信じがたいことだけど、僕もゴーレムだった。
さらに前世の記憶があるって珍しいと思う。
そうこうしているうちに僕の粘土細工は完成に近づいていく。
リアルな放射能怪獣ができてきた。順調順調。
最後に別パーツで作った背びれを丁寧に刺していく。
うん、できた。完成。
「ほう、ドベリ君もなかなかやるな。見事なレッサードラゴンだ」
失礼なっ! これは怪獣王だよっ
ちなみにドベリ君の作った粘土細工はゴーレム化する予定はありません。