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第12話 足元にもお呼びでない

「ふむふむ。こいつがビルザの作ったゴーレム君かね。礼儀もわきまえて助手としても優秀であると。吾輩、すこしうらやましいぞ」


 立派なスーツをお召しの男性が僕を見ている。この屋敷にやってきたお客さんで、ローズルさんという名前だ。

ビルザ博士の研究を援助してくれるスポンサーのような人らしい。


「こいつはまだまだだよ、ローズル卿。まだ技術は何も教えてないからね」


 ビルザ博士が淡々と答えた。スポンサーにはもう少し敬った言葉使いの方がいいと思うけど。


 この屋敷に外の人が来るのは本当に珍しい。

っていうか、屋敷自体が特殊な空間で、外界と隔離されてるんだっけ。

時々商人が生活用品や食料、衣料品などを運んでくる。


 なぜかこの屋敷は『雪に閉ざされた洋館』という設定になってて、商人はみんな寒そうなふりをしながら入ってくる。

今日のローズルさんも、帽子やコートが冷たくなって、雪がついた状態で入ってきた。

ノリのいい人だこと。


 ローズルさんは赤い蝶ネクタイをしている。

ラメが入っているのか、キラキラしているな。これも魔道具だろうか。

頭脳は大人の探偵少年にみたいに、ネクタイに音声変換機能があるとか。


 この世界のドレスコードがわからない。

無難なのかな、蝶ネクタイって。


「それで、ローズル卿。見せるものがあると聞いていたが。新しい魔道具かな?」


 ビルザ博士が聞くと、ロールズさんはてのひらを上にして両手を胸前に上げた。


 ローズルさんは白っぽい手袋をはめている。

ぽんっと、その手の上にいきなり一足の靴が現れた。まるで手品だ。

博士と違って魔法陣も出なかったぞ。


「ふむ。貴殿たちに見てもらいたいのは、この靴である」


 紐なしの焦げ茶色のビジネスシューズに見えるな。

なぜか靴の裏が刷毛のようになっている。

これで歩くと床を掃除できるのか?


「この『惑歩靴(わくほぐつ)』を履くと、壁や天井を歩きまわることができる。また、枝のない細い木でも、手を使わずに歩いて登れるのである」


 ビルザ博士はロールズさんから靴を受け取って、じっくりと観察した。

眼鏡に靴が映ってる。


「ソップ爺の魔法靴か。なるほど。壁に張り付くというより、靴裏をその位置の空間に固定するのか。これなら柔らかい壁や崩れそうな崖を登ることもできそうだね」


「そうである。吊り下がったカーテンを歩くこともできる。どうだね。試しにこれで歩いてみれば」


「ドベリ君」


 すっと、ビルザ博士が僕に向かって靴を差し出した。えっ、僕?


「……わかりました。でもサイズが合うかなぁ」


「大丈夫だよ、ドベリ君。足に合わせて靴の大きさや形状が変わるようだ」


 ほんとだ。僕の足の形にぴったり入った。すごい。


「ふむふむ。ゴーレム君が履いても問題ないのである。では、そこの壁を歩いてみてくれ」


 壁を歩くのか。ほっぺたに渦巻のある忍者になった気分で行ってみよう!


 僕は小走りで壁に向かい、軽くジャンプして壁に足をかける。一歩、二歩、三……

だめだった。足だけ壁にくっついたままで、僕の身体は後ろ向きに下に落ちた。


 逆立ちしたような状態で頭を床にぶつけた。ごちんといい音がした。


「あいたたた……」


 僕は頭を押さえながら、壁から足を一本ずつ離した。ビルザ博士が寄ってきて、「大丈夫かい?」と言いながら手をかしてくれた。


「ローズル卿。どうやらこの靴には、重力を曲げる機能がないようだね」


「ふむ? それがないと歩けないのかね。吾輩は普通に壁を歩けたのである」


「ソップ爺もローズル卿も自力で壁を歩けるだろう。それができない者が使うなら、壁や天井が『下』になる魔法が必要だぞ」


「ふむふむ。理解した。老妖精にその機能も追加させるのである。貴殿らに相談して正解だったな。礼を言うぞ、ゴーレム君」


「いえいえ、お役に立てて僕もうれしいです」


 本当は文句も言いたいところだけど、スポンサーに失礼な態度はとれないな。

僕は靴を脱ごうとして、その手が止まった。


 あれ? この靴、もしかして今のままでも使えないのかな?


「博士、それにローズル様。同じ機能の手袋があれば、壁を登れるかもしれません」


 這って壁を移動すればいいんだ。

ふとり気味の僕には難しいかな。

がくんと落ちる可能性は?


 手足に強力な磁石、あるいは吸盤を貼り付けて登ることをイメージする。

その場合は壁から剝がすときが大変だ。

でも、この靴では意識するだけで壁に固定したり離したりできる。

吸盤とかより楽に登れるかも?


 僕の言葉をきいて、ビルザ博士は少し考えて答えた。


「手袋か。ドベリ君のアイデアは壁を歩くのではなく、這って移動すると」


「そうです。ついでに、同じ機能をつけた肘あてと膝あてもあれば完璧だと」


「ふむふむ、良いではないかゴーレム君。その案でも、あの老妖精に試させるのである」


「ドベリ君、君の発想にはいつも感心しているよ。挑戦し続けるのが君の長所だね」


 少しは僕の考えも役に立てたかな。でも余計な事を言ったかも。

両手両足で壁に貼りついて登るのは絵的にどうかと思う。

壁に垂直に立てる靴とか、天井を歩ける靴なら、そっちが欲しいなぁ。

今の状態で、他に手袋も使わないで壁を登るには……


「あ、そうだ。たとえば、鉤つきのロープを壁の上にひっかけたとします。ロープを手繰(たぐ)って登るのはどうでしょう」


「ふむふむ。時にビルザ、そういう使い方なら貴殿の『あの魔道具』でもよいのである」


 ローズルさんが言うと、なぜかビルザさんはぷいと顔をそむける。


「……あれは…… そうだな。確かにそういうこともできる。試すつもりもないが」


 ビルザ博士は何だか嫌そうに答えている。博士のこういう顔は初めて見たかも。

また変な魔道具を作って大失敗したのかな?

今度それとなく聞いてみよう。


「ソップ爺の作品にしては、今回の靴はまともだったな。以前見せてもらった流滑靴(りゅうかつぐつ)開脚靴(かいきゃくぐつ)に比べるとだが」


「ふむ。あの靴は神具の認定は外れたが、どちらも吾輩は使っているのである」


 なんだろう。新しい魔道具の靴?


「横からすみません。流滑靴ってどういう靴ですか?」


 言葉の響きからするとアイススケートかローラースケート? (かかと)で滑るやつとか、手すりの上に乗って横滑りする靴もいいなぁ。


「ローズル卿が流滑靴を履けば、滑って移動できる。荒れた砂利道でもな。だが、普通の人間が履いた場合はまず立っていられないぞ。前後左右に滑るからな」


「それって、縦方向で前にしか滑らないように改良すれば使えると思います。もうひとつの開脚靴はどんなものでしょうか? 名前だけ聞くと両足を水平にひらいて、床にお腹をペタッとつけられそうですが」


「ふむ。正解である。ダンスで足を上げるのにも役立つのである」


「それはすごい。僕も欲しいです」


 正座とか胡坐(あぐら)が簡単にできるようになるか。僕の性能アップの必須オプションだっ!


「おいおいドベリ君。その靴は私はやめておいた方がいいと思うよ。自分の膝が逆に曲がる姿を想像できるかい? または足の関節ではない場所が曲がった姿を考えてみたまえ」


 足がタコみたいになるんですか? なんか嫌だ。それだと履きたくないなぁ。


「ふむふむ。ゴーレム君、開脚靴はすぐ出せるのである。興味があるなら試してみるかね?」


「い、いえっ。すみません。遠慮しておきます。あ、そうだっ! 博士、靴と言えばアレどうなりました? 僕が案を出したやつ!」


 僕が慌てて言うと、ビルザ博士は少し首を傾げた。


「靴? ドベリ君の考えた『グルーバ・スクー』のことだな。試作品はドベリ君の図面通りにできているぞ。だが、自分で落とし穴に落ちる靴だと? 用途がわからないな。察するところ、私を驚かせようとしていたかな」


「そうなんですよ。実演するまで黙ってた方が面白いと思ったんです」


「ふむふむ。新しい魔道靴とな。吾輩にも見せてもらえるかな」


 ローズルさんも興味を持ってくれたようだ。これでタコ足靴のことはごまかせそうだ。

ビルザ博士の手から光の魔法陣が現れて、そこから青い運動靴のようなものがでてきた。

僕は博士から試作品の靴を受け取って履いてみた。

ローズルさんの靴みたいに大きさの調整機能はない。

初めから僕の足に合わせている。


「では試しますよ」


 僕は両手を前に出し、指先を伸ばす。膝を軽くまげて構える。

そして、両足で軽くジャンプする。着地と同時に床に丸い魔法陣が出現。魔法陣の中に足が沈み込む。


 床に穴が空いたわけではない、魔法陣の中の異空間に足が入った感じだ。

魔法陣がゴムのように反発して身体が持ち上がる。タイミングを合わせて更にジャンプ!


 ようするに、この靴を履くと床がトランポリン代わりになるのだ。

両腕を回してバランスを取りながら、何度かジャンプして天井近くまで届きそうになる。

飛びながら高さを調整し、こんどは少しずつ低くしていく。

着地のため、最後は両手をもう一度前に出し、膝を曲げてジャンプを止める。チェック!


「ドベリ君。確かに予想以上のものだったな。望みどおり驚かせてもらった。まったく…… 失敗して落ちていたら危険ではないか。教えてくれていたら、身体を保護する結界魔法もつけていたぞ」


「ふむふむ。なかなかに興味深いのである。ゴーレム君」


 お二人にも好評だった。今まで博士に出してきた案よりいい感触だぞ。


「ふむ。ゴーレム君、吾輩にもその靴を試させてほしいぞ」 


「かまわないですが、僕のサイズだとロールズさんの足と合わないような……」


「問題ないのである。吾輩の足を靴に合わせるのである」


 僕が靴を渡すと、ローズルさんは靴を履き替えた。

ちなみにローズルさんが元々履いていた靴は、つま先が上向きに尖っている。

なんとなく、ローズルさんってトランプのジョーカーの絵みたいなイメージがあるな。


「ふむ。試してみるかの。ほっ!」


 あれれ? ローズルさん、片足でジャンプした。

そして最高地点のあたりで、もう片足を……って、ここで空中で魔法陣を発動?


 足を交互に動かして空中に魔法陣を出しながら、階段のように斜め前に登っていく。

あっ、横に蹴りだして横移動した。


 勢いよく天井近くまで上がって、宙返り? 上側を蹴って急降下!

また反転して空中停止。


「すごいです。僕は思いつかなかったけど、こんなことできたんだ」


「体重を消せるローズル卿以外では、あんなのは簡単にできないと思うがね。まぁ、訓練次第か」


「ふおっふおっ…… 吾輩、なかなか気持ちいいである」


 しばらく試して満足したのか、ローズルさんが下りてきた。

着地もかっこよく決めていた。


「見事だな、ゴーレム君。とても素晴らしい魔道具である。吾輩、この靴なら神具として推薦できる」


 いえ、それは僕の想定外の使い方です。喜んでいいのか微妙だったりして。


「気が早すぎるよ、ローズル卿。普通の冒険者には難しい使い方だ。落下する危険も考慮しなければならない。それに冒険者が履くなら、形状は膝まであるロングブーツの方がいいよ」


「ふむ。それらを考慮しても便利な靴である。戦いの場では敵を上から攻めることができる」


「もし私が敵なら真っ先に足を狙うよ。それをどう防ぐか……」


 ビルザ博士とローズルさんは、僕の考案した靴の使い方や問題点を話し合っていた。

軽く考えていたけど、この靴をもし実際に冒険者が使うとなると、これに命を預けることになるのか。

空中で逃げ場がないところを射抜かれるかもしれない。落ちて怪我する人もいるかもしれない。


 ローズルさんが帰った後も、僕は考え続けていた。

自分が作成にかかわったもので、敵味方双方の命に影響するってことの意味を。


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