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最弱種族ヴァンピールとして転生した男は妹を探す  作者: 玉子
第一章『異世界』
13/13

第一章 13.『異変』



 シグレは暗闇の中にいた。辺り一面が真っ暗で何も見えず、身体は宙に浮いているように感じる。

 しかし、手足を動かすことは可能であり、とりあえず手探りで何かを掴んでみようするが、何も無い。


「……貴様は何をしている」


「うお」


 目の前には(アド)の精霊が居る。さっきまでは確認出来なかったが、彼女からはずっと見えていたようだ。

 向こうから話しかけられ、居ると認識(・・)した瞬間に見えた気がしたシグレは若干気味の悪さを覚える。と、納得したようにアドが呟いた。


「あぁ、そういう事か。これは本来貴様の夢の中なのだから、そっちから認識(・・)するのは不可能なのだな」


「……夢? そういえば、俺は宿に少しだけ休憩しようと横になったが……」


 それほど疲れていた訳では無いだろうが、様々な見た目をした魔族達がごった返し、終始強ばらせ緊張していたシグレの身体は思っていたより堪えていたのかもしれない。


 しかし、小さな子供が走っていたり、街中で野菜を買う主婦達の姿だけを見れば、変わった所はなく、少なくともシグレには平和に見えた。


「まぁ……今はそんなことはいい。あんたに聞きたいことがある」


「アドちゃんでよいぞ」


「……じゃ、アドちゃん」


 精霊は通常人族と話すことがなく、呼ばれる事がないと聞いたが、その呼び名が余程気に入ったらしい。

 地上(と言っていいのかは謎だが)の生き物達の魔法に応えるこの精霊という存在についても詳しく聞いてみたいが、シグレは早速、本題に入った。


「どういう理屈で、その顔になってるんだ?」


 少し考えたのだ。ナナが山崎明子、シグレの母と瓜二つなのは偶然では無いだろう。

 本人は分からないと言っていたが、結局彼女の事も聞けなかった。そこで、とある可能性にたどり着いた。


──誰かが意図的に作った存在なのでは?


 無理やり繋げた感は否めないが、これ以外に考えられないのだ。


「その様子だとこの顔に見に覚えがあるのだな。これは、我が気に入った顔を再現しただけだ」


 訝しげに首を傾げるシグレに彼女は、我の本来の顔ではなく、単に見知った顔を真似たものということだ。と付け足す。


「悪いが、その顔は俺の大切な人の顔だ。可能なら変えてもらいたい」


「うむ、良いぞ」


 特に想い入れはなかったのか、あっさりと承諾した彼女は、若干タレ目をした弱そうな顔に成る。


「って俺の顔かよ!?」


 シグレの鏡に映る女装姿のように長い髪を伸ばしていても案外違和感はなく、少々困惑してしまう。


「まぁ、正直見られる事のない顔など、なんでもいいのでな」


「なんでもいい……ちょっと傷ついた。なんでだろ」


 シグレの乙女心は繊細なのだ。


「て、今は冗談はいい。さっきまでの顔は、どこで見かけたんだ?」


「場所は忘れたが、確か8年前にたまたま見かけた少女だったと思うが」


「念の為に聞くが……それはこの世界の、だよな?」


「貴様は異世界から来たのだったな。──あぁ、こちらの世界で間違いない」


 パズルのピースがハマる音がした。


 8年前、ナナと目前にいる彼女の顔、そしてそれらはこちらの世界で確認されたもの。


「……なるほどな。そういうことだったのか」


「貴様の考えている事はわかるから言うが、貴様はどうするんだ?」


「あぁ、もちろん探す(・・)さ」


「面白い。契約を結んだ甲斐があったものだな」


 ここに第三者が居たとしたら、訳の分からない会話だろう。ただし、アドが洩らした単語に対しては、シグレとて同じだ。


「前も言ってたが、契約って何の話だ? それにあんた──


「アドちゃんだ」


「やたらとその呼び方こだわるな!?」


 会話が進まず、頼むから突っ込ませないでくれと頭を悩ませるシグレを見てアドは楽しそうだ。


「とにかく、教えてくれ……契約について」


「これを先に言っておきたいのだが、通常、精霊は名前の数によって自由の幅が広がる。例えば1つだけなら貴様のような地上の住人を自らの意思で近づくことが出来る。我の場合は現在貴様のお陰で2つの名を持っているから、夢に入り込むことも可能になる。ちょうど今のようにな」


「つまり精霊ってのは本来自分で動けないってことだよな……て、アドちゃん名前あったの?」


「アカリという名だ。陰は、明かりが無ければ存在しないからというのが由来だ。良い名前だろう?」


 新たな情報を詰めすぎて頭がパンクしそうになる。しかし、それらを発散してしまうことは出来ず、今が踏ん張りどころだとシグレは自分に言い聞かせた。


「……で?」


「失敬な奴だな……契約の条件はこうだ。精霊の名付け親になることと、その精霊と対等な関係になる事、その2つで勝手に結ばれる」


「えっと、ちょっと待て。アドちゃんってのが名前に入ってしまったのは百歩譲って理解できる。だが、いつ俺とアドちゃんが対等と判断できる要素があった?」


「貴様は私に名を授け、同時に私は魔族に戻してやると提案をし、貴様はその話に乗っただろう。これを対等と言わずしてなんと呼ぶ?」


 名前を付けてやった代わりに魔族に戻して欲しい、シグレはそう言ったことになっているのだろう。

 つまり、名付け(・・・)がメリットになる彼女達にとって、上手い具合に会話を誘導しなんらかの願いを叶えるだけで契約が成立してしまう、とても効率的な騙し方ということだ。


「騙し方とは侵害な。精霊は常に自由を求めているのだ。貴様も不味い食べ物しかない牢屋に入れられた時に、警官と仲良くなれば制限された美味な食材が手に入ると知れば、嬉々として警官を利用するだろう?」


「ぐぬぬ。しない……と言いきれない!」


 美食家であることを見抜かれたのか、的確な例え話を持ちかけられ何も言い返せなくなってしまう。


「あれ? そういや契約関係になったらどうなんの?」


「それはまだ内緒だ」


 ここまで話しておいて、何を隠す必要があるのだろうか。とはいえ整理しても、もはや理解が追いつかない現状から更に理解のややこしい知識を語られても、それこそパンクしてしまいそうだ。


 魔法を手伝う精霊の存在は、今後必ず役に立つ。歯向かうような真似だけはしない方がいいだろう。

 こんなことも恐らく筒抜けなのだろうが、彼女はこんなシグレの思惑さえ楽しんでいる節がある。暫くは問題はないだろう。


「うむ、貴様は実に面白い。そうだ、貴様はその子供の見た目が気に入らんようだったから、ついでに人族でいう18歳くらいに変えてやろう」


「……まじで?」


 たしかにシグレは12歳前後の見た目が嫌だった。流石に嫌悪感までは抱かないが、雫に再開した時、子供の姿だと説明が必要になる。しかし、成長すればその混乱も防げるからだ。


「本来ヴァンピールは30歳を過ぎれば急激に成長するのだが、それを少し早めるだけだ。感謝するといい」


「あぁ、ありがとう。精霊ってなんでもできるんだな」


「やろうと思えば、な」


 そう言われ、マチルダの言葉を思い出す。様々な魔法を併用すれば、というやつだ。もしかすると彼女達は全ての魔法を扱えるのかもしれない。


「いいや、我に関しては他人に影響を与える陰魔法だけだ。もう少し話がしたかったが……どうやら時間のようだな」


 アドが呟き、なんの脈絡も無く微笑む彼女の身体が少しづつ消滅して行った。


「……なんだ?」


 視界と身体が歪み、自由が効かなくなる。


「我からなら多少は干渉できるし、もう一度どうしても逢瀬を楽しみたいのならボロボロの男が作ったへんてこ魔道具でも使うといい。また会おう」


 脳内でアドの言葉が反響し、次第に意識がかすれていく。


「最後に、我のことは絶対に他人に漏らすなよ? 約束を破れば、まぁ、貴様にとって少なくともいいことは無いだろうな」


 脅しとも受け取れるアドに強制的に約束され、シグレは何も言えないまま、夢から覚めるのたった。



──────────



目を開ける。


「…………」


 部屋は広々としており、必要最低限の家具しか置いてない簡素な作りになっている。シグレが横たわる素朴なベッドは、バルカン城のものと比べると少しだけ硬い。

 しかし気になる程度ではない。事実、今までちゃんと眠れていたのだ。ここはやはり、魔蛇国グロータスの宿のようだ。


シグレはベッドから降り、部屋にあった姿見で自分の身体を確認する。


「おぉ、ヴァンピールの特徴はそのままに、学生時代の姿に戻ってる。青春を取り戻した気分だぜ」


 当時と違っているのは髪を金色に染めていない所と、コスプレ衣装の付属品が付いている所だ。もっとも作り物ではなく、服から飛び出している翼には気持ちの悪い感覚が宿っているのだが。


「──やったことなかったけどこれ、飛べんのかな」


 早速畳んでいた翼を広げ、試しに大きく下に動かしてみる。次に、それを連続して羽ばたかせてみる。


「おぉ、ちょっと浮いた! ……あれ?」


 重心が傾きバランスが崩れる。見事、頭からの転倒に成功した。


「痛てぇ……」


 どうやら、空を飛ぶのは可能らしいが意外にも操作するのは難しく、何度か練習が必要のようだ。

 そんなことを考えていると、いつの間にか部屋に戻っていたリリスと目が合った。


「ここには馬鹿なガキが居たはずなんですけど、知りませんか」


「その馬鹿なガキは俺だぜ、リリスさん」


「その間抜けな姿を見るに間違いはなさそうですね……」


 名前を呼ばれたリリスは恐ろしいものでも見たかのように戸惑っている。それはシグレも同じであり、どう対応すればいいか少し考えてしまう。


「……この短期間に何があったんですか」


「あ、ライジェルから伝言が届いだぞ」


 ここでシグレの技を1つ。とりあえず話を逸らす、だ。ここで肝心なのは……もういいか


「『あ』ってなんですか『あ』って。その前に何があったのか教えてください」


「それはだな……なんか、起きたらこうなってた」


 アドは、自分の存在を他人に漏らすなと言っていた。理由は全く聞かされていないし、契約云々についても教えられていない。

 故に本当は秘密を守る必要はないのだが、彼女と敵対はしたくないと決めていたシグレは誤魔化してしまう。


「ちょっとまて、今短期間って言ったか?」


「はい、シャウザール様に宿を取れたことを報告して戻ってきただけですよ」


 シグレはつい先程まで、たしかに眠っていた。つまり、アドと会っていた時間はほとんど止まっていたということになる。どうやら夢の中では時間は関与しないらしい。


「……兎にも角にも、伝言によるとライジェルはしばらくの間帰って来ないが、すぐに合流できるとの事だ。具体性は掛けていたが、こっちから無理やり探すのは必要はないんだと思う。それを今からシャウザールのおっさんに伝えに行くぞ」


「そうですか。接点はあまりなかったですが……彼はとても素晴らしい方でした」


「おいおーい、勝手にライジェルを殺してやるなー」


 そんな事を言いながら、シグレとリリスは鍵を持って宿を出たのだが、当然シャウザールがシグレの変化に何も言わないはずがなく


「シグレくん、もしかして髪切った?」


「……鈍感!?」


 もし本気で言ってるなら、彼は普段どれだけ人のことを見ていないのだろうか。


「あぁ、冗談だよ。しかし魔族の成長は本当に一瞬だ。特に不自然な事ではない……が、服装くらいは変えた方がいいかもしれんな」


 元々ゆったりとしたシルエットの服(というか下着以外は布を包んだだけで、そこから上着を着た感じ)だったのでそこまで気にならなかったが、確かに小さいかもしれない。

 というかズボンはピチピチで、真実はいつもひとつ! と叫ばなければならない呪いを受けた少年の逆バージョンみたいな感じだ。


「でも別にそれが理由で怪しまれる事なんてねぇだろうし、いいんじゃねぇの?」


 スネが少し晒されている程度で問題はない、そう思ったが


「あのですね、やっとシグの妹さんに会うかもしれないのですから、もう少し身なりに気を使ってもいいんじゃないですか?」


「それもそうだな。リリスの言う通り、妹にはいついかなる時でもいい格好をしたいもんだ」


「マチルダさんがそういう人の事をよくシスコンって言ってました」


「異世界の先祖から受け継ぐもん間違ってないか?」


 ということで、シャウザールは宿でダンブレイズの帰りを待ち、シグレはライジェルの伝言だけ伝えリリスと聴取しながら服を買いに行くことになった。


 しかし、魔蛇国グロータスの商店街は広く、服屋の文字も読めないシグレには余計にどこかわからなかった。そこでリリスを頼ろうと“見下げる”が


「リリスって意外とちっこいんだな」


「……それは外見ですか? 心の器ですか?」


「どっちも」


「後で殺しますね。あの店とかどうでしょうか」


 リリスが指したのは、これまた大きなドクロ印の看板が目立つ店だった。扉は開けっ放しになっており、中からはたしかに衣服らしき物が見えた。


「おー、すげぇ広そうだなって今殺すって言わなかった?」


「シグにはどんな服がに似合うんでしょうか」


「逸らすなよ……まぁカッコイイやつがいいな、なんせ──


 最愛の妹には常に見栄を張りたいしな、と言いかけたシグレは、後ろを振り返る。

 しかし、多種多様な魔族達がごった返しているだけで、ずっと見ていた風景と変わりはない。


「すまん。なんか呼ばれた気がして」


「わたしが目の前で呼んでいたんですが」


「それは、そうだよな」


 とりあえずシグレは店に入ることにしたのだが、「いらっしゃい!」と気持ちのいい接客態度で迎えられ、シグレは反射的に「おす!」と元気に返事してしまう。

 挨拶は大切だ。初めて社会入を果たした当時の事をしみじみと思い出しながら、とりあえず身近にあった一見ボロボロの布を触ってみる。


「兄ちゃん、それは火属性の攻撃を弱めるローブだ。例えば、ンゴ族とか虫の種族みたいな方達が好んでるもんだ」


「ンゴ族って発音しにくいな……そうか、うーむ」


 実は、1度火属性に恐ろしく痛い目にあってるのだ。右腕が全身爛れ、思い出すだけでも身震いしてしまう。自分で勝手に負った傷だが


「とにかく、今は高いもんは買えねぇからな……」


 魔法使いが身につけるようなローブや、骨がいくつもぶら下がる装飾が施された不気味な衣装まで、結構な数の服が陳列されているのだが、この中から選ぶのは効力もわからないシグレには中々に難しく、面倒になってしまい最後は全て、リリスに任せることにした。


「結局わたしが考えなければならないんですね……服のサイズ的にこれが妥当じゃないですか?」


「出来れば背中に穴が空いてる奴がいい。ってそんなもの」


「ありますよ」


「あんのかよ!?」


 というかここは元々そういう国だった。

 先程触れたローブなど種族専用の服も置いてあるようだったが、リリスが選んだのは注文通り背中に翼が出せるインナーに、その上からフード付きの黒パーカー(こちらも背中に2つの穴あり)、動きやすさを加味して下は黒に赤いラインが入ったジャージズボンになった。

 どれも不思議な力とやらは持っていない、つまり安物だ。


「ま、いいさ。せっかく剣と魔法と魔族の世界に引っ越してきたんだし、ドラゴンクエスチョン、訳してドラクエみてぇな不思議な効果がある奴を期待してなかったと言えば嘘になるが、いいさ。別にいいんだよ」


「……なんでそんな目で見るんですか」


 シグレお得意のジト目(ほぼ真顔)での無言の訴えは届かず、購入する予定の服に変更は無かった。


 せっかくなので試着してみたのだか、目立たないシンプルなファッションといえるそれは、奇しくも前の世界でも一般的なものだった。

 シグレの感性がよっぽどズレていなければ、ダサくはないと思う。思うのだが……


「全然異世界っぽくねぇな、これ」


「別に変ではないですよ。お金出しますね」


「おう、頼んだ!」


「…………」


 シグレがしたように、リリスは意趣返しのつもりかジト目で眺めてくるが、何故かこちらの方は威力が高い。

 ……仕方がないのだ。お金は持っておらず、こちらの世界での相場に詳しくないので文句を言われる筋合いはない。

 そう思いながら、ひとまずピチピチズボンに戻り、先程の服をリリスに渡すと迷わず会計に行った。


「あ、すみません。この国で組織が作られたそうですが、何か知りませんか?」


 これは、街中の噂を聞いただけで曖昧なのだが、ウリエルの“共存できる程の力を持っているかもしれない”という証言から、その組織に人族、つまりは雫がいる可能性があったのだ。


「兄ちゃんと違っていきなり失礼なやつだな。まずは手に持ってるそれの料金を渡してくれんか? 話はそれからだ」


 リリスの言い方に彼はお気に召さなかったらしく、突き放すように言われた彼女の目は好戦的で宿をとった際のことを思い出す。

 しかし、今回は今絶対に必要な情報で、もしこの店員のおっさんが知っていたら困るのだ。そこで、シグレは前に出た。


「すまねぇ、おっさん。この服のブランドは知らねぇが、俺はめちゃくちゃ気に入った。買うなと言われても買うつもりなんで、保証する。それを踏まえて教えてほしんだ……頼む」


「お、見る目がいいねぇ? それは正真正銘ウチの手作りだ。そこまで気に入ってくれたんなら……兄ちゃんにならなんでも教えてやるぜ?」


「……釈然としないですね」


 リリスは嫌がる顔を隠そうともせず、店員に服を投げる。

 その態度に店員とシグレがしかめっ面になると、リリスは投げた服をポンポンと優しく叩き、丁重に扱ってるよとアピールする。


「あんたなぁ」


「ふん…………ごめんなさい」


「ツンデレかよ?」


 もじもじしながら、まさかのリリスがデレたのだ。デレに分類されるかという判断には少し審議が必要になってくるが些細なことだろう。

 これは明日、天と地がひっくり返るかもしれない。


「で、組織についてだったな、兄ちゃん」


 シグレが頷くと、居酒屋でもないのに、彼はどうやら情報通のように色々な噂話を持っていたようで、親切にも、色々な情報を教えてくれた。


 曰く、魔蛇国グロータス直属の組織であり、名前はなく、実は存在さえもあやふやな部分がある。

 もちろん、そんな組織の目的は公表されていない。ただし、ここまで曖昧な噂が広がったのにはちゃんとした理由があった。


「それが、その組織がまだ幼い人族の少女ってんだ」


 奴隷以外の人族が入ることが許されない、つまり最初は雫は奴隷として扱われているかと思われたが、ウリエルとダンブレイズの証言を照らし合わせると、今この組織に所属している可能性が限りなく高い。


「……これは、確信したって言えるな」


 問題はどう探すべきかという点だが、これはシャウザール達が集まってからでも遅くはないだろう。


 リリスは黙々とお金を渡し、決済を完了させるとすぐに店を出た。シグレと同じく彼女はせっかちなのだろうか。


「おっさん、今は礼を言うことしか出来ねぇが、色々ありがとな」


「いいってことよ。兄ちゃん、ここに来るのは初めてか?」


 確認を取るように店員に聞かれ、隠す必要も無いと感じたシグレは素直に肯定したのだが、店員の顔が途端に険しくなり、何か地雷を踏んでしまったのではないかと心配になる。


「ここには色んな事情を持った奴らが毎日のようにやってくる。だがここは安全ってわけじゃない。いいか、何があっても魔王城には近づくな」


 しかし、彼は律儀にも他所から来た者達全員に忠告しているような口振りで、魔王城……つまり知隣国バルカンで言うバルカン城のような城があるらしい。

 が、彼の表情から読み取るに、グリモンのようなあまり質のいい王様とは言えないらしい。


 それに魔王城とは、まさに異世界のラスボスが居そうな響きではないかと、ゲームを少しだけ嗜んでいたシグレは密かにテンションが上がってしまう。

 だが危険との事なので行けないことには場違いな悔しさを感じながら、シグレは最後に買った服に着替え、店を出ることにした。


「毎度あり! 次は安くしとくぜ!!」


 そんな気前のいいことを言われるが、また服を買いに来ることはなさそうだなと若干の名残惜しさを覚えるが、ここはいい店だった。と思う。


「リリス、リリス、あれ、どこだ?」


 ひとまず見渡してみるが、人が多すぎて中々見つけられない。

 そんな遠い場所にまでは行かないはずだが、拗ねたリリスはもしかすると、シグレを置いて勝手に宿に戻ってしまったのかもしれない。


「……みさーげてーご覧ー」


「わぁ」


 普通に隣に居た。隣というか、下なのだが


「その失礼な態度には文句を言いたい所ですが、シャウザール様達と合流しますよ」


「視界が急に変わって慣れねぇんだよ。……ライジェルには会えたのかな」


「そんな都合のいいことなんてありませんよ。私がここに来た理由は、ある魔道具を見つけるためなので支障がなければいいのですが」


「……初耳なんだが」


 魔蛇国グロータスに出発する際、マルキネスには反対までされたらしいが、シグレは何を言うべきだろうか。そんな旅行気分で来るな、だろうか。


「家族の誕生日プレゼントですよ。長らく帰って来れなかった数年分の」


 しかし、その一言でシグレは黙ってしまう。それくらいなら、と許してしまったのだろう。

 実際対して時間がかかることでは無いし、服屋のように店で話を聞くことも出来る。

 それに、治療魔法の使える彼女がいた方が安全であることは間違いない。シャウザールも、ダンブレイズも、治療魔法は使えないのだ。


「今から魔道具店で用を済ませたいので、ささっと行ってきますね」


「今から行くのかよ。シャウザールのおっさんに待たせるのは悪いが、一応俺もついていくぞ?」


 護衛、なんて立派な事は言えないが1人で行動するには少々危険であり、万が一のことがあればマルキネスに見せる顔がなくなる。


 リリスが赤褐色の肌で魔族に変装してるとは言え、恐らく戦闘力の方面は今のシグレよりかは劣るはずだ。

 そう、拒否された場合の言い訳を考えていたが、彼女は元からそのつもりだったらしく、魔道具店の同行を簡単に許した。


「で、魔道具の店ってどこなんだ?」


「あそこです」


 と、次に指さした先は服を買った店の隣だった。


「まさか、数ある中でこの服屋を選んだのって」


「魔道具店に1番近いお店だったので」


「ちょっとくらい相談しようぜ?」


 不満を口にしながら、思考の片隅では本当に旅行のようだとノリノリな自分に気づき腹が立ってくる。

 しかし、ここへ来る前よりかは気がとても楽になっているのも事実で、それが焦燥感を薄めてくれていると考えれば、あまり文句は言えないのだろう。


「俺も大人になったのかなぁ」


 5年前までなら、終始取り乱し、後先考えずに騒ぎ立て、最後には誰かに捕まって何も出来なくなってしまう、そんなビジョンさえ見えてくるのだ。


「ま、この世界に来た当初は馬鹿みたいに取り乱してた気はするが」


 独り言を呟きながら厳重な店の扉を開き、魔道具店とやらに入る。


 店内は、どこかおどろおどろしい雰囲気を放っており、雑貨屋さんのようで全く違う、見たこともない品が並んでいた。

 リリスは興味深そうに見るが、その姿は彼女の本職は研究所なのではないかと思わせる。


 ただ、そんなゆっくりしている時間はないと注意しようと、奥に行ってしまったリリスを追いかけたのだが、狭い通路(全体的には迷路のように広い)には楽しそうに笑い合う男女の客がいたので、身体を細くして通り過ぎる。


「ゲル、この箱はなに?」


「それは1度閉じると永遠に開かないただの箱です」


「なにそれいつ使うの」


 しかし、どこか懐かしく感じてしまう声に思わず振り向いてしまう。

 もし知らない人なら痛い視線を浴びせられるくらいには露骨な行動だ。


「え」


 背の高い男の隣にいたのは、正真正銘、山崎雫──シグレの妹だった。



──────────



 声をかけようとした。それが当然だというように。

 手を伸ばして話は後だ、と勝手に連れ出そうとも思った。


 でも…………でも、雫はとても幸せそうに笑っていたのだ。父親譲りの性格からか、普段からはあまり笑わなかった彼女が、だ。


 こんなクソのような世界で、こんな問題だらけの世界で、こんな……雫とは縁もゆかりも無く、一人ぼっちになってしまったはずの世界で、友達と冗談を言い合うような、楽しそうな姿を見せていた。


(雫を、こんな俺が幸せにできるのか?)


 魔族に変わってしまった自分の身体を蔑むように眺める。これだけならまだ良かったのだ。

 ただし、シグレは既に数人の命を奪っている。相手が極悪非道な罪人でも、尊いものを刈り取る行為には変わりない。


 もし殺した相手に家族が居て、その家族達に罵倒されたらシグレはどうするのだろうか?


 父親のことを思い出した。最愛のパートナーを亡くしてからも、一切虐待などはせず、ひたすら一生懸命に生きていただけで……あの人はただ、突然いなくなっただけなのだ。


 いなくなったから、雫は我慢を無理強いされる日常を送り、不幸せだったはずなのだ。ただ


「それが、どう関係するんだよ? 本来は悩む必要なんてねぇんだ。俺が雫を守りてぇんだ。自己中心的な答えだが、それが正解か否かは問題じゃあない。あの日俺は……幸せでも、不幸せでも、絶対親父みたく投げ出したりはしないと、そう誓ったじゃねぇかよ」


 覚悟を決めたシグレは前に出る。しかし背の高い男に引き止められ、狭い通路では向こうが完全に見えなくなる。


「……突然なんの御用ですか?」


「俺はあんたに用はない。どいてくれ」


 今のシグレは本来の姿、厳密には高校生の姿だが、雫にはすぐにわかってくれるはずだ。

 見てくれるだけでいい。たったそれだけで、解決するはずなのだ。男の肩を掴み、無理やり横にずらす。


「雫、俺だ、シグレだ!! 遅くなってすまねぇ!!」


「…………」


 ひょっこりと顔を出しながら、自然と大きな声が出てしまう。


「さぁ、帰ろう。こんな姿になっちまって俺もまだ慣れてねぇが、バルカンっていう暮らしやすそうな国があるんだ。だから……」


 勢いに任せ色んなことを口走ってしまったが、このグロータスで他の国の名前を出すのはもしかするとタブーだったのかもしれない。

 人族の住む場所に行こうというのなら尚更だ。



「だから……頼む、なんとか言ってくれよ」



「……れ」



「え」



「だれ? その雫って。わ、私の名前はロゼだよ」


 あぁ、またか。また、元にいた世界の大事な人が、俺を偽るのか。騙してくるのか。期待させないでほしい。


 ただ、ナナとアドの決定的な違いは、当時そのままであるのと、服装さえ変わっていても母さん譲りの優しそうな顔と、左手の火傷の跡、なにより口調がそのまんまだ。

 偽るのならもっと工夫して欲しいものだ。


「何か、訳があって言えないんだろ? だが、俺は絶対にお前を連れ戻す。何があっても兄ちゃんが守る。俺は……そう誓ったんだ!!」


「耳元で騒がないでくださいよ。ロゼ様に唾でも飛んだらどうしてくれるんですか」


「お前はだまって……」


 腹にコツンとした感覚、違和感、流る汗。──否、これには覚えがある。仮面を被った男に腹を貫かれた際に似たものだ。


「……ゲル!? 馬鹿じゃないの!?」


 ロゼ、雫、どちらで呼ぶのか正解なのかわからないが、彼女が叫ぶのを見て、やっぱりな、と確信した。

 目の前に居る彼女はやはり本物の雫だ。

赤の他人がそんな悲壮な顔をするわけがないのだ。


──だから、雫は昔っから俺と同じで嘘をつくのが苦手なんだよ。


 言おうとするが、上手く舌が回らない。なぜなら


「ごふ」


 吐血し、自分の体重の維持が不可能になる。そのままゲルと呼ばれた男の足にシグレの顔がぶつかった。またしても倒れたのだ。

 異世界に来て何度も致命傷を負ったシグレの心身は狂いかけていたのか──否、心は既に狂っていた。


 理解不能な痛み、激しい怒り、高ぶる感情。召喚され雫が攫われたと知った時、そして無感情(ノマ・ショナル)を失敗した時のように襲われた全能感(・・・)、力が湧いてくる。


「……シグ、これって」


 戻ってきたリリスが腹をナイフで刺されたシグレを間近で確認し、慌てて治療しようと駆け寄るかが、傷が塞がっていたのだ。

 リリスは見間違いかと再確認するが、服に染み付いた血がその考えを否定し、視線を腹から顔に移す。開いたままの口からはサメのような牙を晒させ、唾液が垂れる。

 赤い目は元の弱々しい顔が思い出せないほど鋭くなり、三白眼のように豹変している。


「あ」


 一瞬だった。高身長の男、ゲルが吹き飛び魔道具店の扉が破壊され、そのまま理性も失ったシグレが高速で移動する。


 残されたロゼ、リリスは訳も分からず立ち(すく)む他ない。



空からは太陽が明るくシグレを照らしていた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 気付いたらここまで… 続きが気になって気になって。 続きをお待ちしてます。
[良い点] 最新話まで読ませていただきました。描写も良いですが、キャラが個性がありとても良いと感じました。また後書き部分を使い、キャラクターの紹介をやっており、読者視点で読みやすいよう書かれていると感…
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