第一章 1.『刹那の幸せ』
「……!!」「……っ」
(なんだ? 騒々しい、ボーッとする……あと吐き気も。……これは、人の声か?)
「鬼!!」「魔物をよんでどうする!」
「失敗か……!! くそっ」
「は?」
目覚めた俺……山崎時雨を待っていたのは、
赤い目に鋭い爪と牙、そしてコウモリのような翼を持つ、ヴァンパイアとなった、
人生2度目のクソ世界だった。
ー遡ること1日前ー
「朝だよ、シグにぃ。起きて」
うむ! 今日もいい朝だ!! 太陽がこの身を歓迎し、鳥がさえずり、そして天使が俺を呼んでいる!! さぁ、新しい一日の始まりだ!!
「あと5分……」
「頭ん中と言動が合ってないよシグにぃ。
あ、今8時ね」
「なんでもっと早く起こしてくんないの!?」
天使の声の正体……山崎雫、それは10歳違いの妹だ。
まだ15歳だと言うのに料理掃除家事全般をこなす万能っ子である。
「おはようシグにぃ」
「あ、おはよう……じゃねぇよ!? 急がねぇと会社に遅れる! 遅れたことねぇけど!!」
そして、25歳の俺はそこそこ有名な会社に務めている。
母は他界し、蒸発した父を背負った俺が死ぬ気で努力した末に入れた会社なのだが、
これがまぁ所謂ブラック企業というやつで、業務の押し付けは当たり前、徹夜仕事も少なくない。
法に触れていないかも怪しいところだがそこそこ金は貰っているし、
そも、俺には時間が無い。これ以上は贅沢だと自分に言い聞かせる毎日だ。
そんな俺にも心休まる、幸せを感じる時がある。
勘のいい方はもうお気づきだろう。
そう、妹と一緒の時間を過ごすときだ。当然だろう。
年の離れた兄妹は可愛いと言うが、ウチの妹は特段可愛い。めちゃめちゃはちゃめちゃぶちゃぶちゃに可愛いのだ。
「ぶちゃぶちゃって何……」
「ちょっと静かにしてて」
まぁそんな感じで、仕事は(文字通り)死ぬほど辛いし、父から未だ連絡取れねぇしでクソみたいな毎日だけど、
雫さえいてくれれば、割となんでも上手くいくんじゃねぇかと思えてくるのだ。
「? なに?」
自然、妹の左手の──火傷のあとを眺める。
父が消え、家事もままならない頃、フライドポテトを作ってくれた時に負った火傷だ。
「なんでもねぇ。じゃ、行ってくるよ。お前も学校が近いからって、遅刻すんなよ」
「他の誰でもないシグにぃにだけは言われたくない。行ってらっしゃい」
若干反抗しつつ、行ってらっしゃいは言う。
その事実に頬を緩めつつ、会社に向かった。
全速力で。
──────────
奇跡的に間に合い、事を済まして早速業務に取り掛かっていると上司たちの笑い声に、自然と耳が傾く。
「なんか最近、また神隠し、流行ってるらしいぜ?」
「8年くらい前によくニュースでやってたやつだろ?あれ、ほんとかなぁ」
(神隠しだぁ? んな事言ってねぇで仕事しろや給金ドロボウ。どうせ押し付けてくんだから)
「ウソかどうか分からないから話題になっているんだろう。だって指紋さえ出てこないんだ。何度も同じような事件が起こってんのに、警察は何やってんだって世間やマスコミ共がカンカンだ」
神隠しについてはあまり興味はないが、何度も行方不明事件があるのは不安だ。
雫には夜道に気をつけるよう言っておこう。
「…………」
そんなことを考えながら業務をこなす時雨は、
何故か妙な胸騒ぎを覚えずにはいられなかった。
──そしてその胸騒ぎが最悪の形で的中してしまう事を、彼はまだ知らない。
──────────
その後は特に問題もなく、運良く残業も無かった。昨日頼まれていた飯の材料の買い出しも無事に終え、
あとはまっすぐ帰ろうとそそくさと歩く。
そしていつも通る道の神社にふと違和感を覚えしばらく(と言っても3秒程だが)凝視していると、
鳥居足場に黒っぽい……それとも白っぽいような、テニスボールサイズの玉を発見。
「なんだありゃ、何色だ? 黒か白か……もしか、目で受け取った情報が脳に届く前に阻害されてるみてぇな気持ちわりぃ感覚」
そしてそのまま、家へ直行するシグレ。
本来好奇心旺盛な彼は、普段なら近づき小枝でつつくらいはしていただろう。しかし、今は仕事帰り。
──そう、疲れているのだ。足は正直者で考えている間にも進み続ける。
その後は特に何も無く、無事自宅のマンションへと到着する。印象の薄い館銘板に、あまり特徴のない建物だ。階段で2階へと向かい、息を吐きながら扉を開ける。
「貴方の最愛の兄者、ただいま帰りましたー」
玄関を通り、すぐさま台所へ。
見当たらない。──胸がざわめく
「……雫ー? 恥ずかしいからって無視するなよー。兄者泣くぞー。おーい」
言いながら、普段なら絶対に忘れないノックもせず、妹の部屋を開くが、いない。
時計を見あげ、今が20時ちょっとであることを確認するが、この時間帯なら帰っていないとおかしい。
雫に電話しようとし、雫の携帯は家に置いて行ってることを思い出しそれを却下。
すぐさま学校へ連絡
「妹は……山崎雫は学校にいますでしょうか?」
『失礼ですがあなたは?』
はやる気持ちを抑え、答える。
「雫の兄の山崎時雨です。妹はまだ学校にいるんですよね?」
『山崎雫は……今日は無断欠席で学校には来ていませんが、─── ─
頭が真っ白になった。
─────────
警察に通報し、落ち着いて話すのに結構な時間がかかってしまった。情けない。
まだ事件に巻き込まれたかどうかも分からないのに。
「雫、どこに行ったんだ……」
今出来ることは全部やったはずだが、なかなか寝付けない時雨は、
スーパーで買ったひき肉と茄子を眺めながら延々とおなじ問いを発する。
深夜になってもなかなか寝付けず、散歩することにした。
途中「シグにぃ、そんな所で何してるの?」と、尋ねられたかったのかもしれない。
──過剰だと、過保護だとそう思うだろうか?
だが、これまで連絡無しで居なくなったことなど今の1度もない。
そして妹は……雫は、たった1人の家族なのだ。親戚もいない。母は他界、唯一の肉親であるグズの父は蒸発と来た。
たった1人の家族。これは紛うことなき事実で、明日を生きる意味の全てだったのだ。
それが今失いかけ、どうして平然と居られるのか。
そんなことを考え、歩き、歩き、歩き続けた。
当てもなくただひたすらに歩き、朝の五時を回った頃だろうか、神社を通り、そして
「あれは……」
そこには、勤務帰りにも見かけたテニスボールサイズの玉があった。
特段理由はなかった。ただ、雫も好奇心だけは旺盛で、同じ様にするだろうなと思い──近ずき、手に取ろうと指先が玉に触れる。
意識がシャットダウンし、視界が闇に飲まれた。
──────────
「は?」
完全に覚醒した俺は周りを見渡す。
40代、20代、年齢はそれぞれだが、そろって洋風の甲冑……ちょうど、
中世ヨーロッパの人々が戦争に使うような鎧を身につけていた。
(ここはどこだ? それに雫は……?)
すると、その中では一段と若い男が呟いた。
「しゃ、喋れる……のか?」
「喋れるからなんなのだ!! 鬼で! 魔物だ!! それに子供だ!」
「知能があるということは成功したのでは?」
(鬼? 別に隣に真っ赤な肌と角を持った強面がいる訳では無いので、
というか誰もいないので俺しかいないわけだが……おいまて、誰が子供だ)
「ここはどこだ?」
時雨は至極当然の疑問を口にし相手の答えを待つ。
「ここは鉄脈国ガレオン。それが今、“暗黒の龍兵団”の手によって崩壊するかもしれん。貴方の力を借りたい」
前に出てきたのは他の連中と比べ一回り派手な装飾をした40代の男だ。
「いや、設定とかどうでもいいから。ここは日本のどこだ? なんでこんなことに巻き込まれてるんだ? 俺は、妹を探してるんだ! 質問に答えろ!」
そう言い、自分の爪が酷く鋭く、禍々しいものであることに気づく。混乱していると先程の男が詰め寄り
「貴方の言うニッポンがどこかは知らんが、俺たちは最後の賭けとして禁忌魔法を使い、貴方を召喚させてもらった。巻き込んでしまったことについては……本当にすまない。さっきも言った通り、貴方のお力を借りたい」
そんなに腰を低くされたことなど、今まで片手の指で足りる程だった時雨は、思わず「任せてくれ」と言いかけ、すんでの所で踏みとどまる。不可解な言動に引っかかったからだ。
「召喚? 何言ってんだ? ここは日本じゃない? そんで俺、高校生んとき2つ下の後輩にボコられてから喧嘩とかしたことないんすけど……」
言って始めて気づく、室内、薄暗く囲むような人といくつかの派手なロウソク、自然、窓の奥を除く。
「大火事じゃねぇか。それと窓に写った俺のこの姿……12歳くらいのガキか? しかも目が赤い。充血とはまた違ぇだろうし、極めつけはこのコウモリみたいな翼と鋭い爪。なるほど。これはこれは」
窓の外には火が燃え上がり、こちらにも振動が届くほど迫ってきている。
……どうやら、極度の緊張と普段の疲れで頭がおかしくなったらしい。夢だろうか。転生、という言葉が脳裏をよぎる。
夢は見る人の望みを映し出すというが、こんな下らないことを望んでいたのだろうか。
「黙っていたら、こいつは何を言ってるんだ……!」
「やはり所詮魔物は魔物、こんなものに護られるくらいならば死んだ方がマシだ! そんな力がこいつにあるかどうかも怪しいがな!」
「昨日の女といい、本当にこんな物が禁忌指定されているのかも疑わしい! 俺は1人で戦うぞ!」
各々が不満を叫び、1番まともな会話が出来そうな40代の男が、それらを制止せんと対抗する。
「落ち着け貴様ら!! 昨日召喚した女と比べたら、間違いなくこっちは力があり、魔物だが知性もある! ここでバラバラになったら敵に塵にされるのは火を見るより明らかだろう!」
必死に呼びかけるこの男は手を大きく広げ、場を落ち着かせるのに精一杯であり、失言には気づかない。
否、聞いたのが時雨以外の者ならばなんの問題もない事実だったので、結果的に舌禍を招いてしまったのは本当に偶然だったのだが。
「おい待て。今、昨日召喚した女っつったか? まさか黒の長髪で、身長は俺の肩……いや、今俺はガキだから、俺より頭1つ分だけ高くて左手に火傷の跡がある女の子じゃあ、ないよな?」
愛らしいあの容姿をなるべく簡潔に伝えるが、まだ何が起きたのか理解していないし、納得もしていない。
ただ、これが夢でもなんでもなく現実だとしたら──雫はどこへ行ったのだろうか?
「あ、あぁ……その通りだ。昨日も召喚したんだ。だがそいつは非力で、戦場に出した途端敵に攫われてしまった」
「おまえぇぇぇえ!!!」
気づいたら腕をのばし喉をかっさばいていた。
「ごっふ!?」
「こいつ!」
次の標的を定め、胸のあたり、心臓を突く。手刀の形で行われたそれは男の体を意図も簡単に貫き、
山崎時雨──否、鬼の腕を赤黒く染め上げた。
鬼はどす黒い声を上げ、恐怖を植え付けながら1人、
また1人と生を屍に変えてゆく。
顔をひしゃげ、腕をもがき、はたまた身体を真っ二つに裂く。次々と鬼から屠られる仲間を見渡し、喉を開かれた男
──バラゴ・シュタインはおびただしい量の血を流しながらも、淡い光に包まれた手で喉を抑え、
驚くべきことに生きながらえていた。
それがこの世の精霊達から得た力、魔法だと言うことに、理性を失った時雨は気づかない。
「ガ、ァァァアアアアア!!!!!!!」
鬼は最初に殺したはずの男を睨み、怒りを顕に咆哮し、切り裂かんと腕を振り上げた、直後
「%#△&!!!!」
バラゴが謎の言葉を叫んだのだ。彼に応えるようにして地面が割れ、岩が槍のように鬼に向かって伸びる。
突き刺され動けなくなった鬼……シグレは力を使い果たし、疲れ果て、意識をなくしていた。
「この国も……終わり、か……」
漆黒の夜に呟く彼の言葉は炎にかき消され、誰にも届くことはなかった。
おはこんばんにちは!
読んでくれてありがとうございます(*^^*)
毎週金曜日の21時ちょうど、投稿の予定なのですが、学生なので更新できない日もあるかもしれないです!!
ブマク登録、星評価してくれた方、そして感想コメントまでして下さった方……
本当にありがとうございます!!
すっごく励みになりますε٩(๑>ω<)۶з