第12話 世界が劣化するとき(一)
老教授はかつて訪れた島を再び呼び出され、いつしか追い回されている。
「はい、チーズ。」
男が低い声で呟くと老教授の怯えた息づかいは聞こえなくなった。姿を消した男の向かいにカメラを手にする男。黒いスーツに身を包み夜のなかに同化しているが、闇に光る眼には理由を図れない怒りを震わせながら輝いていた。
祐市の謹慎が解けたのは先の事例から半年後の事であった。とはいえリマスタープロジェクトに触れることはなく。チーフである仁王の付き添いである。メディア文化庁から呼び出しで出向いていた。
祐市は昨日みたテレビのうるささにまだ頭が痛い。音量を上げていたわけではないが、ワイプや過剰な字幕が足された画面に目がついていけなかった。
(謹慎明けのせいかな?)
当初はそう考えていた。だが、久しぶりに外に出てみると違和感は自分だけでないのがわかってきた。天気は悪い訳ではないのにやたら都内で玉突き事故の件数が増えていた。事故を起こした者と取り調べしていた警察のやり取りは概ね共通している。
「見えなかったんですよ青信号が」
「そんな言い訳は通用しないんだよ!」
「本当なんですよ、間違いない。僕たちの目から緑という色がなくなっていたんだ!」
「そんな馬鹿な」
色覚のなかで一部の青色がぼやけている感覚は祐市にもあった。リマスター作業を行う立場上万全の状態ではなかったが謹慎明けの手前、我が儘は言ってられない。無理矢理にでも憂鬱な仕事場に歩を進めるといつもと同じくプロジェクトメンバーは顔を揃えていた。だが、リマスターパーツの部品交換作業でガヤガヤと騒がしく祐市の復帰を祝う素振りは誰一人として見せなかった。パーツの交換を終えた頃に入り口見目を向けると仁王が通りかかったので漸く自分の今日の任務を思い出して慌ててその場を飛び出す。仁王に謹慎のお詫びを伝え今日の業務の確認をすると、「君も目に違和感はないか?」と話してきた。
「確かに、妙にぼやけて見える。チーフもそうなのか?」
「みんな、違和感を抱えている。原因はあの太陽からのβ線によるものらしい」
そう話すと仁王は外の太陽をみあげた。祐市も合わせてそこに目を向ける。天を見上げるように真上にある太陽だが色合いが夕景のようにオレンジ色が鮮やかに映った。祐市はその太陽に吸い込まれそうな畏怖を感じたので慌てて我に帰り目を擦りながら仁王と共に呼び出されたSPT社の応接室に向かう。理由については二人にも知らされていない。
応接間にはメディア文化庁の課長である飯倉とその部下たちが揃って待ちかねており、今回のミッションについて語った。上官のお出迎えは喜ばしいことだが、いつも担当者としてやってくる石田女史の姿が見えないのが気がかりだった。
「単刀直入ですが、今回私たちが呼ばれたのは・・・」仁王が開口一番質問をかける。
「君たちは以前参加したサスティナビリティアイランド計画のことを覚えていますか?」
「八尾須美島の事ですか?それならもちろん、その後もプロジェクトは進行しているとうかがっていますが・・・」
「そこに参加した博士の6人全員の消息が不明になっています」
その話を聞いて一同は一斉に静まり返る。まるでこれから起こる色の廃退を見せるかのように。
この指令は翌日すぐに執り行うこととなった。舞台は以前、リマスタープロジェクトでARによる島の再生計画を行った八尾須美島。その再調査に訪れた博士たちが忽然と行方不明となる。警察からの捜査協力を受けたために事は急を要する。ヘリに乗せられて向かった島の外形は以前より小さくなっているようにも見えた。もっとも祐市には緑の色素が見えにくい状態のためそう見えるのだろう。
島に到着した祐市たちを前乗りした山本が出迎えた。
「何か分かったことでもあるのか?」
「いえ何も。人気がまったくない事ぐらいですね。それにどうにも足元がぬかるんでいてやりづらいんですよ」
そういって山本はゆっくりと地団駄を踏んだ。遊んでいるようにも思えたが、祐市にも彼の靴底が土がヌタヌタと引っ付く様子が見えた。捜索するのには歩きやすい装備が必要らしい。しかし、湿気も低いこの地の泥濘に不自然さは否めない。誰しもがそう思った。
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