第11話 自由なき国々(四)
撮影セットが散財している裏口の狭い扉を入って、暗闇の道をとおり二人は一室に案内された。一応、客人を迎えるソファーがあり応接室のようだが、通路と同じく部屋は暗い。大学の教授部屋のようだ。
「お二人は観光でいらしたのですか?このご時世に日本から新婚旅行とも思えませんが」クロニが話しかけた。
「僕たちは探し物をしているんだ。申し訳ないが、時間がないから丁寧な計らいは結構です」
「探しているものはこれかい?」
クロニは研究室の奥にあるヴェールをヒョイとつまんで持ち上げるとひとつの瓶がおいてあり輝きを放っていた。それは映像世界のややぼやけた色合いの中では決して作り出すことのできないクリアな輝きだった。
「(あの子の魂だ・・・)どうしてこれを?」
「撮影所のなかで偶然手に入れたものでね、うちの研究機関で保管することに決めたんだ」
「これはもともと我々の世界のものだ。返してはもらえないものか?」
セラピストとして興味が惹かれる茉凛はその魂に近づく。
「やめたまえ、いまその魂は怯えている」
「これが何なのかわかっているのか?」
「君たち、ジャップだろ?ならさっさと立ち去ってくれないか?研究の邪魔になる」
「つまりは戦争のための研究か?」
「フッ、どう考えてもらっても構わないさ」
「えっ?」
「3ヶ月ほど前だったかな、友人を戦地で亡くしてね。以来、ここで研究に没頭している。それで、ジャップを見れば余計に憎悪が湧くかと思ったが、見たところ噂されていたほどの悪魔ではなさそうだな」
「念のために言っておきますけど、僕たちは未来からやって来たものです。だから、この時代の戦争については知らない。だから僕たちが争っても無駄なことです」
「そうかもな・・・だが!」
そう言うとクロニは急に右手で顔を覆い身体を丸めた。祐市よりも一回り大きいその巨体が途端に小さく蹲りながら小刻みに震えている。
「どうしたんだ?クロニ」
「だが、君たちがジャップならこの時代は殺し合いの時代だということは知っているだろう!」
クロニはテーブルは乱雑に書類が置かれている中から拳銃の銃口を見つけるとそれを見て鷲掴みしてグリップを持ち直した。
「庄野、逃げろ!」真凛の声が飛ぶ。
「もう遅い!」
クロニは拳銃のグリップを構えなすと直ぐ様引き金を引いて祐市に放った。弾丸は祐市を貫いたが、依然として立ち尽くしている。そして、装着していた耳栓を外した。
「言ったでしょ?僕たちとは世界が違う。サビが纏わりついている武器と違うなら、そんな攻撃では僕たちを傷つけることはできない」
「クッ、やっぱりそう言うことか」クロニは今だ苦しみながら銃口をおろす。
「分かってて撃ってきたというのか?ずいぶんと手荒な洗礼だな」
「君たちと触れあってみると、自分の身体がピリピリと溶けてしまうように感じていてね。圧力の違いと言うか・・・つまりは僕たちの世界が虚像で君たちが本物ということなんだろう。本物には虚像の弾丸なんて通用しないと思ってね」
「そこまで分かっていたならまだ、僕たちともやりあうのかい?」
「まさか!日本は今後、大切なお客様になるからね。僕の研究ではこの戦争によって多くのものを失うが、そこから驚異的な経済成長をみせていく。今、無駄に支配しては大切なビジネスチャンスを失うというものだ」
祐市は目を丸くした。
「なぜそこまでわかる?」
「これまでの統計で出ている。蟻は巣穴を破壊されても一夜にして新しい巣穴を作り出す。日本という小さな巣穴が破壊された今、そこから生み出される更なる再生のパワーを我々はビジネスとして利用したい。恨んでも仕方ない。これからの時代、植民地として支配することは合理的ではないのだよ。支配することで自然と独立運動は発生する。だから活かすことにしたのだよ。」
「ここから継続的に発する微細なパルスは人間の鼓動と同じ波長を示している。生命を司る何かに使用されているのではないかという結論に達する。気にすることはない既にデータは採ってある。君たちがそれを取り返しにしたというなら渡してあげよう」
「クロニ・・・」
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