第11話 自由なき国々(三)
「はじめまして、私の名はビーガル、搬送波生命体だ」
「何なのこれ?」
「この世界をナビゲートするアバターさ。気にせず聞き流してくれ」
ビーガルの登場に戸惑う真凛を祐市はこうして言い訳した。真凛は目を丸くしながらもすぐに気持ちを落ち着かせてその先の世界を見つめている。祐市が誤ってセットしたフィルムは事件があってからはセットされたままになっている。その続きを確認してみれば、あの戦場についてわかるのだろう。
「ダメだ、ダメだ!カット!!」
どこからか撮影監督の声がした。この場所は撮影場所だった。愛と青春のヒューマンラブストーリー。今度ハリウッドで映画化される作品だ。
「これってどういうこと?」真凛は思わず祐市に耳打ちした。
「フィルムに収録されている内容は同じものなんだ。でもね・・・」
そういうと祐市は遠くを見つめて目を凝らした。不思議そうにそれを見つめる真凛はそれを真似て目を凝らし細めて見た。すると画面はチラツキを起こして世界は暗雲を纏う戦場となった。
「サブリミナル効果があるフイルムなんだ。本来見せるものは既にそれを取り除いていたけど。これを取り違えていて」
「そうか、じゃあこの世界が突然戦場に変わったりするのか」
「今回はビーガルの能力で一時的にサブリミナルの効果を抑制しています」
祐市は落ち着きながら真凛に説明したが、内心は不安でたまらなかった。ビーガルがサブリミナルが発生するのを食い止めている間は彼の能力を使うことはできない。異世界のなかでノーマルの人間としていることを考えるとからだの震えが止まらなかった。真凛はそんなことは気にすることはく辺りを見回してはスタッフに声をかけていた。
「すみません、この映画って何時公開ですか?」
「話だと今度の9月3日だけど」
「1940年の?」
「何いってるの、44年だよ」
「そうか!」
キョトンとしながらも真凛は次々と撮影スタッフに次々と声をかける。ビーガルの能力で異国の人とも即時に会話のできることを知ってか知らずかどんな人とも物怖じしない。ひと通り話しまわって最後に祐市のもとについては耳元で呟く。
「そりゃ、日本に勝ち目はないね」
真凛の笑顔に祐市は気味の悪さを覚えた。当初、終戦の1年前となる1944年と聞いてもっと殺伐な状況を想像していた。それだけこの大国の懐は広いということだ。まともに戦って勝てる国ではないのだ。もっとも日本ではマトモな戦い方をするわけではないのだが。
「ずいぶんとお気楽なものだな」と祐市は苦笑する。
「こういう世界を見回してその時代の空気を知るのも悪くないものね」
「仮初めの空気感だがな。でも、戦争の時代にも関わらずこの場所はおおらかなのは助かるけど」
「そうか?Jのガムを噛んでいる姿とか見ると、随分プロパガンダが行き届いている感じがして怖いけどな」
「そうなのか?」
「それにあの猿も」
茉凛が指差す先にはスタンドに吊るされた檻の中の一匹の猿だった。ダンスホールの中央に目立っていた。下劣なジャップの象徴。しかし人々はその猿に見向きもしない。籠の中で飼われているのが当たり前の存在なのだ。
「それが心理セラピストの見解かい?」
「別に、何となく肌が合わない場所だってこと」
真凛はそう言うと軽く鼻をすすった。それに呼応するかのように、突然一台の乗用車が真凛の前に突っ込んできた。撮影所の二つの建物の間から「ギギギッ」と乗り出してきたのだ。急ブレーキ音がガナリを聞かせるがスピードは減速する気配を見せない。
(クッ、こんな時に!)祐市は今の無力な自分に舌打ちをする。
真凛もフラフラした足取りが急に止まってしまう。まるで車に引き寄せられるかのように。その場にいた撮影スタッフも全景を見渡すことができてその動きがスローモーションであったが、みな身体が重くどうすることもできない状態だった。
「間に合わない」と誰もが感じたとき、一人の外套を纏った男が身を挺して真凛を救った。外套が真凛の身体を包み込んで抱き寄せた身体と共に地面の砂利にガタガタと打ち付ける。男は髪についた砂埃を払うように首を振って向き直った。
「大丈夫?」
「あ、ありがとうございます」
二人の周りにはガヤが集まり祐市もその中を抜けて真凛に駆け寄った。男はそれを見てニヤリと笑う。
それに遅れて当の運転手あわてて駆け寄ってくる。祐市は軽く睨んでみせた。乗り手はそれを見て全身をオドオドさせながら周りに言い訳した。サブリミナルの幻影にハンドルを見誤っていたと語る。
「すまなかったね、ドライバーはまだ気が動転しているみたいだ。とりあえず僕が撮影所の関係者としてお詫びするよ」
「君は?」
「僕はクロニ。ここで特殊撮影を研究しているものなんだ。なんなら僕のラボラトリーがあるからそこで休んでいくといい」
クロニはまるで二人が来るのを待っていたかのように落ち着いていた。だが、祐市はそれに快く応じた。撮影所の周りにはまだ人が多く、なるべく軽快に振る舞おうと考えたからだ。真凛は喜びの表情を浮かべつつもまた軽く鼻をすすった。
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