第11話 自由なき国々(一)
「これは違う!」祐市の声は叫べども時既に遅く戦火の銃弾は少女の胸を貫いた。
VR 体験ツアーと称して始めたイベントに招待した20名に映し出される映像は本来であれば1930年代のアメリカの生活風土を体験するものだった。ところが映し出された映像は1943年のどこの国とも知れない戦場でけたたましい銃声が聞こえてくる。
バーチャルな世界であるため体験者への銃撃は空砲を受けるようなことだが、少女へのダメージはそれ以上あった。
鮮血の光景とは裏腹に幼子の眼は色を失った。肌は青ざめてその場に倒れるしかなかった。子どもにはいつ現実の姿を見せるのが適切なのだろうか?サンタの正体、子どもの作り方、命が失う光景。若さを崇拝する現代社会には いずれ こうした光景を避けて人生を終えることが美徳とされるかもしれない。とはいえ、その幼子は命の現実を心の準備も整えないまま目の当たりにした。それは現実世界に戻っても変わらなかった。
「すぐに医者を!」
祐市は珍しく声を荒げた。その音量に誰もが一堂に振り返った。幼子を抱きかかえ会社のラウンジに滑り込んで寝かせた。救急車はすぐにきた。その後のことは医者に任せたが、その後の修羅場は察し画ついた。
後日、被害者の家族と面会が許された。待ち合わせの病院で母親は弱りきっていた。その身体を弁護士の岩佐が支えている。周りにはマスコミが取り囲んでいた。『シングルマザー、突然の悲劇に憔悴』といった見出しで記事になるのだろう。祐市はその光景をみて自分の犯した罪の重さを感じていた。
「ここでは何ですから、私の事務所へご案内します」
ところが、案内された事務所では一転して母親は背筋を伸ばし凛としていた。
「これが今回のこちらからの要求となります」
仁王が受け取った用紙には要求事項として示談金3億5,000万円と当事者の解雇、そしてリマスタープロジェクトの運用中止が記載されていた。
「これは・・・」
「あなた方の過失であれば、反論の余地はないかと思いますが?」弁護士は念を押した。三輪真奈美はなにも語らないママそとの景色を眺めている。曇天の空は今にも雷が落ちそうな気配を見せている。
「お嬢様に危害を加えた責任というのは計り知れないものです。それにそとで見たマスコミの反応をみても判るでしょう?」
「それは然るべき対応を持って替えさせていただきますので」
そとに出て仁王は呟く。「やられましたかな。こうなると示談のためには要求は飲むしかないですかね」
「なんで話を知っている?」
その怒りの熱を浴びる度に祐市の身体は青ざめていく。祐市の母親とも重なる部分があり目を背けたくなる心地だった。その光景を見てその子から放たれた水晶のような気泡は彼の持つ魂であると悟った。つまりは今回のビーガルの能力なのだ。思い立ったところでふたたびライブリマスターの世界に飛び込むことはないのだろう。そんな考えを巡らせているうちに母親からのクレームの時間は終わりを告げた。
謹慎を言い渡されてからは三日三晩落ち込みのなかにいた。表向きは自主的な有給消化ということになっているが、それが使いきる頃には自分はこの会社には籍がないのだろう。
「あ~、いたいた」
意外な男がシアター場内にこだました。修復オペレーターの山本だ。狭い空間なので、その振る舞いは誰が見ても無礼だと思われるが、あいにくこの劇場には祐市一人しかいなかった。
「謹慎中の男に仕事の依頼かよ」
「そんなこと言わないでくださいよ。まだ祐市さんを期待している人はいるんですから、俺だって…」
山本の唇を噛む姿を尻目に祐市は大判の封筒を開けた。中には10枚程度の案件資料とCDソフトが一枚。
「こんな時にも仕事かよ」
「そんなこと言うなよ。」
「リマスター作業なら他のメンバーでもできるだろ?」
「お前を指名してるんだと」
「依頼主が?知らないな・・・」
「まずは会ってみることだな。どうせ時間は沢山あるんだろ?チーフも君に療養が必要だって言ってたし」
「療養ね・・・」
山本とはそこから近くのコンビニで買ったもので昼食を済ませて別れた。依頼主はとあるアロマセラピーを営んでいる。ので祐市はそこへ向かった。
「失礼します・・・」
スライド式の扉をゆっくりと引き祐市はなかを覗いた。
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