第10話 レジェンド統一王座決定戦(七)
ビーガルは有無を言わず聖棍の一閃を放った。馬暮を巻き込みマットに衝撃が走る。
「やったか!」
「やったよ、君の勝ちだ!」叩き潰されたハズの馬暮の声が修練の場に響く。祐市は馬暮の声が聞こえる方向を睨んだ。だが次の瞬間、どこからか大声が響く。
「豪金剛が刺された!!」
その一言に慌ててハッとした祐市は外に飛び出す。豪金剛のプロフィールをみて既に知っていた事実だが、野次馬が外でのたうちまわる光景を見て苦笑する。自分たちの人知を超えた戦いよりもひとりのスーパースターの死がいかに人々の影響力が高いかを身をもって痛感した。
豪金剛は居酒屋で口論となった破落戸に後ろから刺されてついに果てた。刺した男は闇賭博で大損したことが明かになり豪金剛に怒りを露にしたという。闇賭博は大手企業や政府関係者の裏ルートとしても活用されているためおおっぴらにできないことも多く。テレビ局の報道では無視された。
「仕方ない。今日はここまでか。帰ろう」
祐市はため息をついて気持ちを落ち着かせる。慌ててこの世界に再度飛び込んだもののこの世界でのミッションは豪金剛のスキャニングである。彼の最後を見届けた時、ハッと気づいた。もはやこの世界には用はない。祐市はこの余計な行動でまたチーフの仁王に詰め寄られることが頭を締め付けられる思いがした。
現実に戻り祐市は今回のデータをオペレーターの山本に確認する。
「今回のデータはアプリに反映されてるのか?」
「ああ、すでに依頼主が検分中だよ」
モデリングされたデータは依頼会社のAREXXがアプリソフトのために持ち込んだノートにサンプリングされて調整されていた。
「えっ、3cmサバ読んでないの?」
「はい」
「現在のプロレスの身長基準と違うな・・・仕方ない、調整しよう。あと少し輪郭をシャープにしよう。これだとユーザーも選びづらいからな」
攻撃を受けた選手のやられ方も違和感しかなかった。相手選手からの攻撃を受けて吹き飛ばされた豪金剛の身体が上空に舞い上がるとグルグルと翻筋斗を打つかのごとくまわった。
(まわりすぎだろ・・・)
ゲームディレクターたちのやり取りを見学して、終わる頃には祐市は何も語ることはなく周りの機材ばかりを流し見した。
納品の帰りに仁王は祐市とランチをとった。喫茶店のランチタイムでタバコの匂いがやけに残る店内だったが、他に適当なところが見当たらないためやむなくそこに飛び込んだ。祐市はそこでフィルムのかけ直しを行ったことに礼を言った。
「自分がスキャニングした素材をいじられて気分は良くないか?」
「別に何とも思ってないですよ」
「そうか?なんか顔にかいてあるようだったからな」
「僕らは元の映像の修復がメインの仕事ですから、依頼者がそのあとどう使おうと勝手ですよ」
「まぁ、今回制作するゲームの購買層は50-60代のファミコン世代だからな。戦後のプロレスの黎明期の豪金剛だと馴染みがないし。弱キャラになってしまうのも仕方ないんじゃないかな?」
「気にしてません」
「そうか?お前も随分と過去の世界に入れ込みすぎて♪社内かと思ってね」
「・・・」
仁王は祐市の顔にかいてある言葉とか言わしているようでさらに口数は少なくなった。マスターフィルムの世界に入り込んで仕事することでその世界に入れ込みすぎているとでもいうのか?
「何ならもう一度、マスターデータでも洗い直したらどう?」
仁王はにこやかにアドバイスした。その表情が気に食わなったが、祐市はそれに従った。
翌日、祐市は今回の体験を元に豪金剛について依頼主にアドバイスした。それで何が変わるのかわからなかったが、じっとしてられなかった。先方が鼻で笑っていることは想定していた。祐市は馬暮に引きずられて闇の世界に取り込まれることに恐怖を感じて震えた。まだするべき事があるというなら今の時代に急いで戻る必要があると焦った。先日、刺された脇腹のキズが疼くからかもしれない。
後日、納品された試作版のアプリを祐市はもう一週間も使い続けていた。使うのは強キャラ設定のホーネット、相手は初期値最弱の豪金剛。
「飽きないのかよ」と仁王は声をかけた。
「育成AIが付いてますからね。大分強くなりましたよ」
「まるで豪金剛のトレーナーだな」
「彼も今も生きていればこれぐらいポテンシャルありますから」
祐市は豪金剛の強さに対する執念を形にできて満足していた。発売されたゲームユーザーが豪金剛をどこまで使いこなせるか分からないが、彼がどこまで強くなるのか育成AIを未知なるユーザーに託した。
祐市はゲーム画面の豪金剛キャラがチラリと闘気の炎をちらつかせたのが見えた。それは豪金剛が技を放つ際に1/256の確率で発生するバグだった。
-第十話終わり-
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