第3話 アイドル忘却化指令(五)
(五)
次に赤星が選んだ世界はそこから七年後にあたる世界。つまりは赤星がエスケープした一年前になる。
「ここからは、別々に行動しよう。」
最初にそう提案したのは赤星からだった。七年前から急に戻ってみると赤星は改めて感慨深く思う。RA BEATzは徐々に人気を獲得し、全国ツアーの会場を毎回ソールドアウトにするほどにまで成長していた。八十年代の音楽番組路が徐々に撤退する中で、知名度を得るためにバライティ番組でコントや罰ゲームに体当たりで挑むなど当時としては「汚れ」ともいえる仕事でも引き受けたことが、お茶の間に浸透するきっかけとなっていった。
この時代に宿る赤星聖也は多忙を極めており当然ながら、自由行動が制限された。初めてのアリーナコンサートでもあるこの世界のことも赤星は覚えている。コンサートを終え、会場を後にする赤星と裕市の前には出待ちをしているファンを懐かしさとともに目の当たりにした。
「この辺でいいだろう。」
「別行動といっても、僕はどうすればいいんだい?」
「とりあえずは社長を探してほしい。」
赤星の思惑としては、確かにこのあたりから社長との交流が薄まっていることを感じていた。社長の香坂は会社のマネジメントに専念し次の企画、タレントの育成、各方面へのあいさつ回りなどRA BEATzからは見えない立場で多忙を極めていた。そのことは赤星も理解している。しかし、結果として未来の自分が追いつめられているとしたらここが一つの分岐点だと推測している。赤星はそのことを裕市に託し、裕市も素直にそれを受け入れた。
会場からとびだした裕市は早速、出待ちをしているファンと突き当たった。若年層の女性が中心となっているこの一団は、お目当てのアイドルではなかったのでがっかりさせた。裕市にとって苦手な集団なうえに一様に落胆させるこの雰囲気は余計に苦い思いを植え付けられてそこから距離をとった。
赤星聖也はこんな人たちから称賛されるために努力しているかと思うと妙な寒気を覚えた。どうやら、赤星はこの混乱に乗じて別口から抜け出したらしい。そのアナウンスがあるとまた会場は妙などよめきが上がりつつ、少しずつ解散していった。中には出待ちを邪魔された怒りの矛先を裕市に向けるファンも散在した。裕市は居たたまれないと思いながらも、ひょっとすればこの中に、社長の香坂が紛れているのではと思いチラチラと目で追った。しかし、目当ての男はとうとう見つけることはできなかった。
「RA BEATzファンを敵に回しましたな・・・。」
会場を後にする中で妙な男が、裕市に声を掛けた。RA BEATzは少なからず男性ファンがおり、この会場にも所々見かけるが、男の装いは白シャツに丈の長いチノパンという出で立ちで、今回のコンサートに染まろうという雰囲気ではなかった。
「赤星くん帰っちゃったの?」
「そんな日もあるさ、今日は帰ろう。」
一段の中を構成している一人の女子高生ぐらいの子に応答しながら男は裕市に笑顔を向けた。さわやかな格好をしていながらその笑顔は自分の心の奥を見据えているようで妙に気持ちが悪く、裕市は軽く会釈をするだけで精一杯だった。
「最近のRA BEATzの勢いは本当にすごい。今回も電話予約が大変でね。」
男は先を急ぎたい裕市を遮るかのように話を続けた。聞く限り、この馬暮紘一という男は舞という妹の付添のために訪れたようだ。「妹のためだから」とRA BEATzに興味ないそぶりを見せながらも、今度の新曲のPVの良さやライブのクオリティの向上さ、そして最近俳優としても活躍している赤星聖也の魅力などと今ではすっかりはまっているようでもある。
「ごめんなさい、先を急いでますので。」
「・・・これは失礼!」
裕市の焦りが混じった一言で、馬暮は我に返った。その隙をつくように裕市はその場を後にした。思わぬ足止めを食らったが、どうにもこの場にはもともと香坂がいる気配は感じなかった。赤星はこの記録媒体の残留思念が残る限りビーガルの力を借りてその場所を具現化させて道をたどった。
二時間もすると会場はすっかり人気がなくなっていたが、それを待っていたかのように一人の男が現れる。赤星である。黒縁の眼鏡とニット帽、マスクに覆われた男が周囲をきょろきょろ見回しながら誰かを探しているようである。
「今日もお疲れ様!」
赤星に声を掛ける女性がいる。赤星は振り返りその女性の存在を確認すると、平生を取戻し安心した。二人はいつも赤星がライブを行った会場を待ち合わせ場所にしてファンの裏をかいていた。
「時間もずいぶん遅くなっちゃったね。」
「会場が大きくなると、人がいなくなるのにも時間がかかるからね。」
「聖也もずいぶん成長したね。」
「アカリに面倒掛けてすまない。」
「今日は私も仕事だったから大丈夫、新しい雑誌のグラビアも決まったんだよ。」
他愛もない会話の中にも赤星は新鮮に感じ少し会話をよそよそしくした。いつもは豊満な胸と抜群のプロポーションをほこり、今となっては必要以上のメイクの濃さで隙のない大人っぽい容姿をしている。しかし今日の水原アカリはそんな大人っぽさが無理をしているように思えて可愛く、別人のように思えた。赤星とアカリは同い年であるが、今の赤星は一つ年上で、これから食事をするにも、一夜を共にするも既視感がある。いつもは世話焼きのアカリに振り回されて野暮ったく感じるが、同じことをするにも赤星は今は自分のほうが大人である余裕を感じられてうれしく思い、さらにアカリの子供っぽい仕草がないか探る新たな楽しみを見出せた。とはいっても、当のアカリは特に何も感じないだろう。
夜が明けても裕市は社長の香坂を見つけることができなかった。そんな中で、偶然にも裕市は赤星とアカリがホテルから出てくるところを目撃した。アイドルがその彼女を連れて朝帰りしたからと言ってそう驚くことではないが、裕市には水原アカリというグラドルを知っているがゆえに目を細めた。それは同時に軽い嫉妬心を裕市は宿していたのかもしれない。
裕市はいったんその場を離れてから所定の時間に赤星と待ち合わせるとこの世界を後にした。赤星は香坂がこの世界にいないことを特には気にしていないようだ。
お読みいただきありがとうございます。
赤星と裕市に走る亀裂の兆候。それが意味するものとは?
次回もお楽しみに。