第10話 レジェンド統一王座決定戦(五)
「お疲れさま、大丈夫か?」と言うチーフの仁王の声がしたのが聴こえたか分からないほどに祐市はすぐに映写室に急いだ。そのにはオペレーターの山本がいる。
「ここからすぐにデータを取り出せるか?」
山本が驚きの表情を見せるなか、祐市が見せる達成感のある爽やかな笑顔を見て有無を言わずその作業を開始した。スキャニングデータをPCに繋いでデータを確認する。そこに映る馬暮紘一という闇の男の正体を見破るためである。モデリングされた男は祐市のPC画面の中に現れた。それは煤痩けた身形で、とても戦いの猛者とは思えない容姿をしていた。
「おい、こんな格闘家いたっけか?なんか弱そうな・・・間違えて観客でもスキャニングしたか?」山本は鼻で笑いながら問いかけたが、祐市はキョロキョロとその姿を見回すばかりだった。
(おまえは誰だ?おまえは誰だ・・・)
その言葉を脳裏に巡らせながら。祐市はハタと物音に気づいた。カラカラと回るフィルムの音。映写機にかけられたものだろう。となりのリマスターパーツの室内から聞こえてくる。祐市は歩を進めて無意識のうちに再びそのパーツを装着する。
だが、リマスターの中には何もセットされていない。それでもそこに残る残留思念に自分の求める人物がいることを信じて無の世界に飛び込む。
「はじめまして、私の名はビーガル。搬送波生命体だ!」
「やあ、ビーガル。出会って早々恐縮だが、この人物を探している。君の知っている力でこの男のいる世界に導くことはできないものか?」
祐市は右手を差し出して手元のデータベースから馬暮紘一の姿を浮かび上がらせた。
「私の中にはデータ元を遡って転送することはできない。それにこのデバイスの中には何も記録媒体がセットされていない」
「そうか」
「しかし、そのデータ自身が君を求める世界に導いてくれるようだ」
「なに!?」
ビーガルの言葉に眼下を見ると馬暮紘一のモデルがニヤリと笑みを浮かべた。そしてすかさず細い腕を伸ばして祐市の脚をつかんだ。必死に抵抗しようとするが、相変わらずその力は反発ことを許さない。記録媒体へ向かう搬送波空間の中で馬暮はそのまま闇の世界へ引摺り出そうとしていた。
(馬暮紘一、おまえは一体?)
馬暮は何も語らない。それが祐市には恐ろしく感じた。このままだと現実にも記録媒体にも行けず、祐市は死よりも悲痛なものを想起した。だが、それを打ち払ったのが豪金剛のラリアットだった。その一撃が決まると空間は再びリングの中にいた。
「助かったのか?」
「どうやら、現実世界でフィルムがセットされたようだ」ビーガルはそう答えて上を見た。
「これでよし・・・っと」現実世界で仁王はフィルムをセットして呟く。セットしたのは先の当時の豪金剛のプロレスの練習風景を写した記録映画である。
ここは『修練の場』と称する特設のリングは豪金剛が若手の頃に自身で購入した年代物で、スターになった今でも利用しているためこの日も多くのマスコミが取材に訪れている。マットもロープも緩くなって常にギシギシと音がしている。しかし、突然現れた祐市という謎の青年に「新弟子か?」と囃し立てる人の波がごった返えす騒々しさでリングの軋んだ音が掻き消された。
「おまえか。この前は世話になったな!」
豪金剛は朗らかに手を上げた。
「あれからそれほど経っていないというのにもう稽古か・・・」
「言っただろう?いつまでも寝てられないってな」
「感心というか、呆れるというか・・・(この前は怪物にまでなったのに)何故、そこまでして何で強くなろうとするんです?」
「いずれ殺されるときのためかな」
「殺されるって・・・やはり、知っているのか。自分の最後を」
「さすがは未来人、やっぱりそうなのか・・・」
そう言って豪金剛は天を仰いだ。祐市はふとその身体をのぞくとおびただしい数のアザと血豆、明らかに内出血している血の塊が皮膚から透けて見えて紫と黒の中間の色をしている。祐市は一瞬目を背けたが、すぐに向き直す。
「これが俺だ、もうそんなに長くはいきられない」
「だからといって、命を無駄にすることないでしょ」
「長生きしろと言うのか?命を削らずに。俺はこの命を無駄にすることで名声を獲てきた。俺はこの生き方しか知らん。カネ欲しさにキタナイこともした。残りのすべてをこの一瞬に使い果たして俺の業火を見せつけたいんだよ」
豪金剛の吐露に祐市はハッとなり、未来で調べた彼の過去を思い返した。
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