第10話 レジェンド統一王座決定戦(四)
「なかなかやるじゃねえか。でももう遅いな。豪金剛の熱量がやがてこのフィルムを焼き付くしてくれるよ!」
蹴り飛ばされた頭を抱えながら馬暮は強がるように唾を吐いた。そのままリングをあとにしようとした時、馬暮を逃がすまいと祐市は叫んだ。
「いまだ!ビーガル!!」
その呼び掛けにアームレットから飛び出したビーガルは腕を馬暮の前に突き出した。その手先からノズルを伸ばし閃光が放たれる。馬暮は一瞬の油断を見せて掌を顔に覆わせる。光は馬暮の天元から足先まで移動しそれを三回ほど往復させた。光が消えた頃にはビーガルも祐市も豪金剛も消えていた。
「クソ!!」
馬暮は側にあったロープを叩くと、出口を探して今度こそリングをあとにする。逃がすまいと祐市はそれを追うとしたが、辺りにはいつの間にか火の手があがっていた。出火元のすぐに察しがつき祐市は豪金剛の姿を確認するために恐る恐る目配せしようとしたが、目よりも鼻の方が先に異様な臭いを捕らえた。
(サビか!)
祐市の嫌な予感は的中した。豪金剛の皮膚はヤケタダレ、辺りに炭のようにボロボロと落ちていく。ビーガルは手持ちの聖棍を振り上げる。ヘッドを回転させて、周囲の熱波を振り払った。
「ビーガル、彼を止めろ!」
祐市の呼び掛けにビーガルは飛び出した。豪金剛は身体の腫れと酒の力で真っ赤になっていて、今にも燃え上がりそうだ。ウイスキーの豊潤さが男のなかで撹拌される。その臭気はこの世界の劣化要因を引き寄せていく。
ポンポンと破裂する音が会場に木霊する。そして爆発の中から新たな埃の怪物が次々と姿を現す。ビーガルはスポットライトを背にしているのでその褐色は冴えていた。その姿の通り能力も十分高いことをビーガル自身が感じていた。現れる怪物たちを一体また一体と破壊していく。それに反比例するかのように豪金剛の身体は更に紅く燃え上がった。祐市はわかっていながら出火元となる自分の鼻息が押さえられずに肩を上下する。
ビーガルは聖棍を振り下ろした。しかし、サビはそれを胸で受け止めた。そして聖棍のヘッドを両腕で掴むと、ブレーンバスターのような体勢でビーガルごと投げ飛ばした。その豪腕はよりド派手な増強が施されて今にも破裂しそうだった。
(このままだと男の身体がもたないぞ・・・)ビーガルは聖棍を歯痒い気持ちで握った。
「ビーガル!!コレを叩くんだ!」祐市はそう言うとマットをバンと叩いた。
「どうするつもりだ?」
「豪金剛はレスリングのプロ。まともに戦っては勝ち目はない。彼のプロとしての心理を突こう」
「わからんが、了解した!」
サビの炎の患いによってすでに豪金剛のまともな理性は失われていた。その目は悪魔のように白眼をギラつかせて敵性対象と認識したビーガルに向けて襲いかかる。それに対抗しようとビーガルは手にした聖棍を豪金剛の前で思い切り振り下ろす。しかし、攻撃は当たらずに聖棍のヘッドはマットにめり込んでいく。攻撃の不発に不意を突かれた豪金剛は進撃の歩を止めた。ビーガルは攻撃の空振りを気にすることなく二度三度と聖棍をマットに叩きつけた。リングの下に仕込まれたバネがその衝撃を吸収してはいたが、大枠の骨組みがついに耐えきれずにリングがガクッと片側に傾いてしまう。
「キサマ、よくも神聖なリングを!!」
怒りと動揺に震える豪金剛の前にビーガルは聖棍を投げつけた。豪金剛はそれを受け止めるが、ヘッドを回転させた聖棍のパワーに思わずよろめく。そこから更にビーガルは渾身のドロップキックを鳩尾に浴びせる。リングサイドへ吹き飛ばされた豪金剛に持ち直した聖棍を手にビーガルが止めの一撃を与えた。
「よくやったビーガル!」
「あまり気持ちのよくない戦い方だな」
「仕方ないよ。相手は格闘のプロならこっちは正攻法じゃないやり方をするしかない。試合じゃないんだし。僕だって正義のためにやってるわけじゃないんだ・・・」
祐市は言葉にビーガルは冷ややかな目を向けた。そんな視線が向けられたことを祐市は知らなかった。
サビの炎から解き放たれてその勢いで豪金剛はマットの上に叩きつけられる。しかし、すぐさま掌を床にはじいて受け身の体勢をとって起き上がった。意識がないものかと思っていた祐市はその光景を見て驚く。
「よかった。とりあえず生きていた」
ほっとする祐市の姿を見てビーガルの不穏な視線は止んだ。祐市は豪金剛に近づく。
「大丈夫なのか?」
「マットの上だと寝てられない体質なんでね」
「そうか・・・」
「これからどうするんだ?見ての通り俺は動けない。スキャンなり解剖なり好きにすればいい」
「いや、一度自分の世界に戻るよ。やらなきゃいけないことがあるからね」
そう言うと祐市はまたグルリと首を回して腕に装着したマシンに目を向けた。
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