第10話 レジェンド統一王座決定戦(三)
「なかなか、面白い余興だな」
リングサイドでロープに腕を絡めて拍手する男がした。馬暮紘一であった。その存在を見て祐市は気持ちの悪いものを見たような歪んだ表情を見せた。
馬暮は煤の掛かったような紫色のシャツの上3つのボタンを外して素肌を見せびらかすような姿勢で屈んで祐市を睨み返す。首もとには輝きの褪せている金色のネックレスが見える。
「お前に見せるショーなど無いぞ、馬暮!」
「そう言うなよ、豪金剛選手は更なる強さを求めているんだ。俺にも手伝わせてくれよ」
「なんだと?」
「次の挑戦者はコイツだよ」
声を低くして馬暮がそう言うと、徐に右手で身に付けたネックレスをつかみ目を瞑った。そして自分だけしか聞こえない呪文を小声で唱えると、カッと目を開いて右手を豪金剛の前に向けて広げた。
その右手からは闇のような邪気を放ち、外に電撃を纏わせてリングの中央に闇が収束していく。
「また、余計なことをするつもりか」と祐市は呆れていたが、その気持ちはすぐにたち消えた。闇の中から彫刻のような上腕二頭筋が見えて漆黒の胴着を纏った一人の格闘家は召喚された。祐市はその存在をすぐに把握して瞬時に身震いした。
「掌光波!!」
馬暮に召喚された格闘家は腕を突き出すと巨大なエネルギーを放った。放たれる力に周囲の空気がその男に吸い込まれるのを祐市は感じた。それは祐市が子供の頃に遊んだ格闘ゲームのラスボス・修羅の技である。祐市も豪金剛もなす統べなくリングのコーナーにまで吹き飛ばされた。
(まさか、架空のキャラクターも作り出せるのか!!)
祐市は首を横に二度振った。しかし、再び向き直しても視線の先にはその格闘家が立ちはだかっている。
(幻じゃないのか・・・)
戸惑う祐市を察したのか、豪金剛がその太い腕で祐市前に制止した。
「やめておけ、あれは実在の人物じゃない」
「庄野さん!すまないが、どんな相手であれリングで相対したらぶつかることしか習ってないものでね。それが強い相手ならなおさら!」
豪金剛はそういい放つと一直線に修羅に向かって行った。
「掌光波!!」
修羅は待ち構えていたかのごとく必殺の飛び道具を放つと豪金剛をリングのそとにまで突き飛ばした。
「掌光波!!・・・掌光波!!」
ただただ、技を繰り返し放ちプレイヤーに隙を与えない姿は、祐市が子供の頃にみた記憶と変わらない。修羅の動きは当時のCPUがベースとなっているのだろう。
リングに戻った豪金剛に修羅はまたもや掌光波のモーションをみせる。空気が一点に集中する。
(今だ!!)
豪金剛はその気流に乗り一気に修羅の頭に腕を伸ばした。そして、掴んだ腕を持ったまま背負い投げを決めて修羅をマットに叩きつける。場内は静まり返るなか、豪金剛のゼイゼイという荒い息づかいだけが響き渡る。祐市はモーションキャプチャーを起動しなければならないことを忘れていた。だが、それを目に焼き付けるには十分な鮮やかさだった。
豪金剛の息づかいは未だにやまない。記録媒体に巣くうホコリに体を蝕まれているのではないか?そんな懸念が祐市にあったが、それを下記消すかのごとく馬暮の腕が祐市の首を締め上げた。祐市は咄嗟に腕をつかむが、彼の力はどんな格闘家よりも強かった。
(やはり、人間じゃない!!)
死を覚悟した瞬間、馬暮はその腕の力を緩めた。
「貴様はいずれこの俺の手で葬る。だが、今ではない。それはおまえの世界の人間も望んでいるだろう」
「どういうことだ?」祐市は声を絞り出した。
「フン、知れたことよ!」
豪金剛の息づかいはさらに強まった。手元にあったウイスキーの瓶もカラになっているのが見える。
「祐市さん負けないで」
また声がした。馬暮に圧倒されて首を締め上げられて走馬灯の始まりかと感じていたが、それは違う。聞き覚えのあるその声は馬暮の妹・舞のものであった。その姿は二階席の祐市からもっとも見やすい位置にあった。
「黙っていろ!舞!お前には関係の無いことだ」
「兄さん、もうやめて!こんなことするためにここに来たの?いいからもう祐市さんを放して!」
舞の言葉は明らかに馬暮紘一の動揺を与えた。肌に感じる祐市はそれを見逃すはずがない。緩まった首もとを震わせてクルッと馬暮に向き合うように一回転させるとその勢いで回り蹴りを与えた。リングの上で格闘家たちに感化されて祐市はいい気になっていた。
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