第10話 レジェンド統一王座決定戦(二)
依頼したゲームメーカーのお偉方は規定上、すでに定年を迎えているはずだが、ゲーム製作の興奮が忘れられない人たちばかりだ。実データ取り込みの格闘ゲームが成功すれば、次は野球・サッカーなどのスポーツ、戦争シミュレーションなど様々なものに応用できるだろう。
そんな思惑を知るはずもなく、祐市の目の前の男はそのデータを使って更なる強さを追い求める。
「まあ、この中にあるデータから対戦相手を召喚することはできないこともないですが・・・」
「なら、その板キレから未来の格闘家でも出してくれよ。俺が片っ端から熨してるからよ~!」
豪金剛は両拳を交差させてそれぞれの二の腕を叩いた。パシパシと楽器のような甲高い音をならし、自分の力を誇示しているようだ。祐市は苦笑した。昨日、動画で見た雄ザルの異性へのアプローチを思い出した。実に原始的な振る舞いにやや目を背けた。
「私には別の任務がありここに来ました。あなたの道楽に付き合う時間はありません」
「時間がないのはオレも一緒だよ」
豪金剛は祐市の発言に被せるようにして呟いた。思わず祐市の両眼は彼に向けられた。
(知っているのか?自分の未来を)
確かに彼はこの時代の2年後に金銭トラブルによってとある暴力団の団員の凶刃によって命を落とす。その諍いの火種がいつの頃からかは知らない。
「その表情を見ると図星らしい」
祐市はハッと我にかえると自分のポーカーフェイスの才の無さにため息をついた。だがそれで少し腹の重荷が軽くなったように感じた。
「これから出てくる格闘家は戦い方は洗練されています。トレーナーも優秀です。あなたのような喧嘩紛いでは・・・」
「んなことは分かってるんだよ。てめえみたいな素人に言われなくてもな!」
祐市は手にしたスマホをスライドさせながら豪金剛の最初の対戦相手を選定する。格闘技には疎い彼にとっては誰でもよかったが、豪金剛の熊ような身体の壁を観てそれとは異なるものを選ぶ。
キャラクターはそれまで採ったサンプルがあり充実していた。モデリングされた人々は死後もなお人々の心に行き続ける。プログラマーはその夢を熱く語ったが、祐市にはそのアスリートが死後も働かされるような気持ちとなってめまいがした。
果たして祐市が呼び出したのは1990年代を代表するK-1ファイターであるアーノルド=ホーネット。召喚したその姿は豪金剛の2/3ほどの大きさと思うほど小柄で大人と子供である。ホーネットが蓄えた口髭を弄る仕草を観て豪金剛は苦笑した。
身構えもそこそこに得意の合掌捻りのモーションを見せて相手をつかみかかろうとするが、ホーネットはその掌からスルリと抜け出して天高く飛び上がった。クルクルと前方回転を数度魅せて豪金剛が見とれる間を突いてその顔面に向けてカカト落としを決める。豪金剛の眼は一瞬輝きを失い頭からマットに沈んだ。
(ワン、ツー、スリー・・・)
祐市は念のためカウントを数え始めた。「ナイン」と刻んだ時に、豪金剛はハッと目を覚まし、両手でマットを叩いてすぐさま起き上がった。その光景に祐市は目を丸くした。
「流石ですね。レスラーの気概を感じました。これはのちほどゲーム作成の際にレポートにて報告させていただきます」
「勝手にしろ!」
「安心してください。完成したゲームではパワーバランスは調整しますから」
「いや、もう一度だ。ちょっと待ってろ!」
そう言って、負け犬のように大男はリングから去っていく。
「困った負けん気だ・・・」
再びリングに舞い戻った豪金剛は懐に忍ばせた鉄のボトルを取り出してはグビリと喉を潤した。一口飲むだけで男の鼻息はさらに荒くなっていった。
(酔拳のつもりか?)
カンフーブームにすらなっていない時代において男はそれを先取りしていたというのか?その割には酔拳のしなやかさを感じるよりはその酒にのまれて狂暴さばかりを際立たせる光景に祐市は気味の悪い息苦しさを覚える。
それでも試合は何度もホーネットが優勢だった。巨漢が仇となって豪金剛の腕は相手を捕らえることができず、逆に身軽な敵に翻弄されて全身にパンチやキックを見舞われる。その度に豪金剛は手元のボトルをグビリと飲んだ。
「反則じゃないですか?」
「うるせえよ」
勝ちたい気持ちが抑えられなかった。そして、その歪んだ情熱をもった手がついにホーネットの身体を捕らえた。バックから相手の腰を両腕で捕まえるとそのままバックドロップをお見舞いする。その一撃は強烈でホーネットは埋め込まれたマットから頭引き出すことができずにそのまま動かなくなった。
「シュー、シュー・・・」
豪金剛の息づかいが一層激しくなった。祐市は右手を伸ばし、装着していたノズルからホーネットを回収する。
よく見ると豪金剛の身体は腫れ上がりアチコチから赤い湯気が立ち上っている。こんな短期間に筋力が増強するものなのか?今となっては違法の薬物でもこの時代は滋養強壮として認められている。その粗暴さが彼の強さを引き出していく。
「ダメだ!火気をまとう今のお前ではこの空間が壊れる!」
「うるせえぇ~!」
祐市が警告したところで時すでに遅く。埃に包まれた辺りは突如として爆発を起こす。当時の会場は換気もよく乾燥はしていない。しかし、そこに納められたフイルムには経年劣化による揮発性を帯びていた。
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