第10話 レジェンド統一王座決定戦(一)
弾けるロープ!たわむマット!
その勢いに任せて相手選手は強烈なタックルを放つがそれを胸に受ける。空かさずタックルを見舞おうとするが、それを見極めて豪金剛の剛腕は相手の二の腕をとらえた。そうすれば最後、そのままジャイアントスイングをかけその勢いで相手の身体をマットに叩きつける。
「オリャー!」
すかさず飛び上がり100㎏を超す巨体を落下させて突き出した右腕の甲を相手の喉元にお見舞いする。
「出ました、豪金剛の十八番、ドロップチョップ!」
ラジオ実況によって名付けられた彼の技を受けて立ち上がったものは当時はいない。この勝負は決した。その光景に沸き上がる観客は一同に立ち上がり、歓声をあげるもの、指笛をならすものなど様々に歓喜をあげた。
そんな神聖なリングに入り込むフトドキモノがいることを豪金剛は見逃さなかった。すぐさま振り返り巨大な両手で掴んだ先には妙な鎧を纏った華奢な少年と思わしき男がいた。
「お前!何のつもりだ?」
「あっ、あなたの技に魅了されてつい・・・」祐市は苦しい言い訳をした。
「だったら寝ていろ!」そう言うと、豪金剛のつかんだ腕はそのまま真上へ持ち上げて纏うアーマーを含めて100kg近くあるこの身体を宙に浮かせるとそのままリングの外に弾き出した。床に叩きつけられた祐市はゴロゴロと転がり込むとそのまま突っ伏して気を失った。
次に目が覚めた時、会場は無観客で静まり返っていた。我に返り、今回の自分の目的を思い出して祐市は「しまった!」と心で叫んだ。対象者である豪金剛たちの試合は終わったのだろうと再びリングの上をみると、その中央で一人のレスラーが仁王立ちをしている。豪金剛だ。
「僕が起きるのを待っていたのですか?」
「当たり前だ!その妙な格好でウロつれては試合中、気が散るからな」
「警戒しないで下さい。僕は戦う気なんかありませんでしたから・・・」
「だったら、何のつもりでここに上がってきた?」
「まあ、仕事のためですかね。というか、あなたのことを撮影したいのですよ、未来のためにね」
「お前はただのテレビのカメラマンじゃないだろう?俺の姿を撮影してどうする」
「ゲームで戦うキャラクターになってもらいます・・・って」
祐市は口にしたもののそれが豪金剛に伝わらないことのもどかしさに舌打ちした。
「ゲームのモデリングというと想像がつかないなも知れませんが、みんなはifが好きなんですよ。昔好きだった格闘家が、今の格闘家より強いのかとか」
先ほどの試合も19時00分にゴングがなるとすぐさま祐市はノズルの先をリングの前につきだして当時のスターレスラーの体躯のデータをとり始めた。全身鎧の男に誰も不信感を抱くものはない。彼はこの記録媒体の世界の外からやって来た部外者である。
祐市はグルリと首をまわした。肩にのしかかる追加パーツが和えああ思いの外、息苦しく行動を制限する。 追加のパーツはリマスターパーツのバックパックとして背負われ、縦横60cm四方の大型のHDDをリュックとして背負われ、その右下方からは掃除機のノズルのような蛇腹の管が不恰好に伸びている。祐市は自分の仕事の時までそのノズルの先をもってグルグルと回して暇を潰した。
「そうか、なら実際に試してみたいものだな?」
「えっ?」
「今、お前の持っている板チョコみたいな機械にはさまざまな時代の格闘家が名を連ねているだろう?そんなことを聞くと格闘家の血が騒いでしまう性分でな」
「そうですか?でも・・・」
祐市は口を噤んだ。豪金剛の腕力は身をもって分かったが、それまでにスキャニングしたこの時代より先の格闘家と比べれば見劣りしているのは明らかであると悟った。彼らはインストラクターやスポーツ医学を駆使して効果的にトレーニングされたこれからのアスリートである。対して豪金剛は体格こそ他の格闘家と引けをとらないが、余計な脂肪も多くケンカの延長のような粗暴なファイトスタイルで、とても現代に通用するとは思えなかった。
当時を知るファンとしてはこのスターが持つカリスマ性とその後に待ち受ける殺害事件が、彼を伝説足らしめるアドバンテージとなっている。ファンはその事を酒のツマミとして語り合えばよいのだが、どうにも他の時代のスターと比べて自分たちの世代のスターが一番であると胸を張りたがる。今回のゲームソフト化もそうしたオールディーズの要望に答えたものである。
「まったく・・・」と祐市は深くため息をした。
お読みいただきありがとうございます。次回もお楽しみに!!