第9話 夢のあと物語(七)
拡樹が落としたナイフを手にして幼いツトムが構える。その手を添えるのは現在の美結だった。
「よく狙うのよ!」
そう言って、二人は走り出した。その光景を眼にして現在のツトムは立ち尽くしたままその後の記憶はない。目の前には牧田が投げ捨てたタバコの吸殻が近くのベッドに燃え移り、そのまま炎上していく様子だけが広がっていく。
(このまま、燃え尽きてしまえ!)
拡樹が邪念を唱えるものの、その延焼はすぐに治まった。引火した火元に黒い影が発生して、そのまま炎を吸い込んでいった。
ツトムが振り替えると腕を伸ばして掌を広げた祐市の姿があった。
「お前、刺されたんじゃないのか?」
「影の世界で少し休めましたから・・・」
牧田の問いかけに、祐市は苦笑いをして答えた。まだ、手を腰に当てて前屈みになっている様子を牧田は見逃さなかった。
「そうか、まあ事件のことは一通りわかったし、もうこの世界のことはいいかな」
目の前には当時14歳の少年ツトムが友達の拡樹を殺め、手にしたバタフライナイフを見つめて呆然と立ち尽くす姿があった。静まり返ったホームの様子を見て、施設内に機動隊が続々と突入する。あっという間に人で一杯となったホームの広間で少年はそのまま身柄を確保された。
「映像世界はここまでですね。何か変わったことって・・・」
「変わったわ!!」
祐市の呟きを遮り、美結は否定した。そして振り替えると現代のツトムに眼をやり、にこりと微笑んだ。
「これで、私も共犯ね!」
彼女の笑顔にツトムは脚の震えが止まらなかった。自分が行ったライティングを使った催眠療法が彼女を狂気の行為に導いたことに恐怖した。
そして、祐市たちは現実世界に戻った。
話はそこから2ヶ月ほど進んだ。場所はとある出版社のラウンジ。それまでとは打って変わって黙々と原稿をまとめる牧田の姿があった。ノートPCをカタカタとさせる音は周囲の人々にまで響き迷惑になっていた。
うるさいと言いたいがために慌てて手にした原稿用紙でポンと牧田の頭を叩くものがいた。旧友の編集長だ。
「なんだ、お前もまだこの会社にいたのか・・・」
「ニートのお前をわざわざ上層部にまで掛け合わせたのは俺がいたからなんだよ!わかるか?世間知らず!」
そういいながら、編集長は牧田のノートPCのモニターを覗き見て首をかしげた。
「・・・『夢のあと物語』?随分と洒落たタイトルだな。でも、今回の記事にそぐわないだろ」
馴染みの編集担当である篠塚がさらにポンと肩を叩く。牧田は苦笑しつつも穏やかに写真に目を通す。編集者を通しての仕事は長いことしていなかった牧田にとって、大口での頼みの綱はこの男しかいない。
「別にいい夢だけとは限らない。この悪夢のような出来事があっても人はその後の人生も進んでいくしかないってこと」
「どうでもいいが、フリーとはいえ締め切りは守れよ」
「ああ、そろそろ時間だな」
篠塚は時計をチラ見すると、牧田に背を向けて社のエレベーターまで歩を進めた。篠塚の背広は新調していたらしいが、普段から着慣れないもののため少し肩が重く少し猫背になっていた。案内されたゲストルームは5階のエレベーターからいちばん離れた一室にあった。中には長テーブルと20人がけの椅子が並んでいる。扉から向かい合う真ん中の席には慣れない場で、硬い会釈する美結の姿があった。10人ほどの取材スタッフが慌ただしく動く姿を目で追って、美結は自慢の黒髪をなびかせるとパールイエローのラインが目立った。
打ち合わせは事件について美結が落ち着いたいまの心境で事件のことをまとめあげた。事件の真相について知ることができても結果としてツトムが犯人であることには変わりなく、一次情報ではスクープとして取り扱われなかった。彼女の最近の生活も穏やかなものであった。ツトムとは別れた以降は会っていないと言う。意外にもツトムから別れを切り出されたと知って牧田は驚いた。
「今度、結婚するんですよ」
インタビューのなかで唐突に美結が話題を切り出した。ツトムと別れて二ヶ月も経ってないというのにと考察するのも野暮になった。
「いいんじゃないか?おめでとう!」
「え?・・・フフ、ありがとうございます」
美結は牧田のがらにもないお世辞に苦笑した。
(なるほど、こういう時は男よりもはるかに進んでいるものだな)
牧田はタバコを吸う仕草をしてひとつため息を着いた。
-第九話終わり-
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