第9話 夢のあと物語(五)
当日のリマスタープロジェクトの参加者は4人までオペレーターの祐市、依頼者の牧田、招待した美結とあと一人。そこには美結に呼ばれたツトムの姿があった。ツトムはやけに怯えていた。事件のことを思い返してしまうのが怖いのか、頻りに「考え直そう」と美結に詰め寄るばかり。当の美結は何も答えずにただ俯いている。
(アイツか、俺の人生を狂わせたクソガキ・・・)
リマスタープロジェクトのシートに座り、4人はヘッドギアを装着した。全員の身体は小刻みに揺れて、皆が魂が抜かれるような心地を憶える。
「はじめまして、私はビーガル」目の前に黒い影がそう伝えて、来訪者を出迎える。
「なんだよ!これは?!」
「こ、このシステムのナビゲーターですよ・・・」皆の動揺に祐市は、慌ててはぐらかせた。ゲストを受け入れる形式をどのように運用すればいいか?未だに答えがでない。
ともかく、4人は目的となる事件現場に転送された。美結とツトムにとっては懐かしくも、あまり思い出したくない場所。干渉に浸るまもなく、すでに老人ホームの周りでは多くの警察機動隊に囲まれ、その後ろをマスコミがの中継車がごった返すという緊迫した状況。
そんな状況に耐えられず、その集団とは反対に向かってツトムはおもむろに手を合わせる。
「やめて!」
美結はツトムの拝み手を振りほどいた。
「あ・・・ゴメン、つい」
「そうだな。この世界にはまだ拡樹はいるんだ。せめて謝罪なら本人の前でするんだな。まぁ、本人に謝ったところで手遅れだがな」
挑発気味の牧田にツトムは鋭い眼光をむけた。その視線に気づき美結は制止するかのごとく首を軽くふる。
「なんだよこれ以上、罪をかさねる気かよ」
牧田は煽った。どことなく解せなかったからだろう。この現場をいちばん知っているであろう二人のカップルはあの事件の被害者と加害者の関係に戻る。
牧田は目の前にある自動販売機を見て、徐に小銭をいれた。昔と同じようにセブンスターのボタンを押して取り出す。それだけで驚きを感じる。
「あっ、買えたわ」
「何をしているんです?」祐市は呆れながら問いただす。
「スゲーなこれ!値段は安いし、taspoもいらない。昔はこんなだったな」
(まったく・・・何なんだこの人たちは!)
祐市の懸念をよそにタバコの中身を一本ふかす。久しぶりの苦さに思わず咳き込んで吹き出す。
(あれ?こんな味だったっけ?・・・ったくブランクってのは困るな)
「そろそろ、来ますよ!」
祐市は声をあげた。彼の視線の先はマスコミが向けるカメラの先とは別に駐車場の送迎バスにあった。
「始まるって何がだ?」
そのバス人の手によってつくられたものとはとは異なる型式をしていた。タイヤに炎のような妖気をまとってかつて罪人を運ぶ役割のあったの火車のようないでたちで祐市たちの前に立ちふさがる。
猛突進で向かう先には明らかに祐市たちを狙っていた。立ち込める火車の炎は瞬く間に燃え広がり辺りの世界にノイズをちらつかせる。
(この劣化の度合い、個人所有なら仕方なしか・・・)
この世界に慣れ親しんだ祐市にはサビをみさだめる職人的な肌感覚を持ち合わせていた。皆が異変に畏怖を覚え後退りするなか、それをかいくぐり一直線にその妖怪車に向かっていく。
(シャドーライザー・・・)
マスコミの中継車を次々となぎ払い暴走バスが牧田たちの眼前に迫ったとき太陽を覆い隠すかのごとく漆黒の鎧の巨人がその進行を防ぐ。
「話しと違うぞ!」火をつけようとした咥えタバコを落とし動揺する牧田。
「逃げろ!」
祐市の声に三人はその場から逃げ出した。後は漆黒の巨人が火車の悪魔を倒すのみ。今回は相手に合わせて5メートル程の大きさに調整している。
火車はタイヤをのルーラーのように変化させて尖らせた刃でビーガルの胸を抉った。ダメージを受ける鎧の破片が飛び散りビーガル自身にも傷付く寸前まで迫る。その危機を察して、咄嗟に聖棍を放して両拳をつくり、ソーサーのサイドから打ち付ける。その一撃で回転が歪み一気に動かなくなる。チャンスと見たビーガルは再び聖棍を手にすると思いきり火車の天板から絶大なる一撃を叩き込む。叩き込んだ聖棍は地面に突き刺さりながらもヘッドを回転させ続けて、遠心力で生み出される浄化の力で辺りのノイズ現象を修復していった。
事態が落ち着いた静寂を感じて、牧田は物陰から顔を覗かせる。美結とツトムも同様だ。その視線の先にいる祐市は彼らを見つけ静寂の中でにこやかな表情を向ける。
「さあ、長居は無用です。中に行きましょう」
牧田はその表情がいちばん不気味に感じた。
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