第9話 夢のあと物語(四)
翌日、牧田は自宅から2、3本のフィルムを持ち出して外に飛び出した。飛び乗ったタクシーの中で、電話アポイントを取り付けて気分は高揚する。不躾だとは自分でもわかっていた。しかし、牧田にはその相手が待ち合わせの場所に訪れることを確信している。仁王充。やつも既に報道を辞めている情報は聞いている。SPT 社前の喫茶店に旧友を呼ぶ手はずは整った。
2時間ほどのコーヒーで粘ったところで、ついに彼は来た。
「話は聴いたが、君の依頼はお断りだ」
そういって立ち去ろうとする。いつもそうだ。結論しか述べない。ここまでの手はずを進めていたのに一瞬だ。立ち去る仁王の肩を引き留め無理やり着席させる。まるで男が未練タラタラの別れ際のカップルだ。
(美結の今の心境もそんな感じか・・・)
牧田はその若々しい付き合いに苦笑する。事情を知らないその場の仁王は薄気味悪く広角をあげる。
「どうやら、少しは丸くなろうとしているようだな」
こうして交渉は始まった。しかし、仁王の表情は終始浮かない。
「相変わらず、君は信念がない奴だな」
「プロのジャーナリストはなんだかわかるか?金がもらえるかどうかなんだよ」
「普通、逆じゃないのか?」
「そういう世界なんだよ。誰もが発言できる世界だからな。線引きを決めるのはそこになる。対価が多ければ、俺はそちらの記事にを書く」
「やっぱり俺には合わない世界だな」
「チーフ、ここでお昼ですか?」
二人の会話にひとりの男が入ってきた。
「あっ、おまえは!」牧田の目を丸くする。昨夜の映画館の男がそこにいたからだ。当時は気味悪く感じていたが、今では幸運の神のように見えて苦笑する。
「なんだ、知り合いなのか?」
仁王の問いかけに呼応するかのように牧田は馴れ馴れしく腕を祐市の肩回りした。
「そうなんですよ、同じ映画館で意気投合してね!」
「なに言ってるんですか!昨夜、ちょっと声を掛けただけで親友みたいに言わないで下さいよ!」
「な~に、同じ映画館でのヨシミだ。親友の依頼を聞いてもらってもいいじゃないか!」
「なにをバカなことを・・・」
「ヤメロ!」二人のジャレ合いが見てられず、仁王が割って入った。
「牧田、この事件になぜ執着する。リマスタープロジェクトもただではないんだぞ」
「乗りかった船と言うヤツかな。どうにもこうした無茶をした先に何があるのか」
「無茶か・・・そうしたことは20年前からやってもらいたかったがね」
「そうかもな」そう言うと牧田は祐市から腕を放すと、その場から立ち去る。テーブルのもとには牧田の持ち込んだフィルムが残っていた。
「何なんですか?あの男は」
「ジャーナリストとして再起を掛けたいのだろうが、やり方がわからず自暴自棄になっているといったところかな」
「何を考えているんですかね、まったく」
「何を考えているか解らないのは君も同じだがね」
「えっ?」
仁王は急に祐市を問いただした。ここ最近のライブリマスターの効率の悪さに対する指摘についてだ。確かにおもうところはある。必要以上の稼働時間、消費出力の増大。レポートにあげられる内容からはそれら不備に対する説明にはとぼしいものであった。
「君はなにかを隠しているのか?」
対面のミーティングルームで仁王は問いかける。
「いえ、自分自身の段取りの悪さからゆえです。」
「はぁ。」
仁王は苦笑する。
「真田くんからのはなしだと君は未知の生命体と接触。記録媒体に巣食う怪物と交戦状態にあったと聞くけど?」
「絵空事です。子どもの言い訳のようなことを記録に残すべきではない」
「きみは妙なところで真面目さをみせるな。あまり肩肘をはっているとまわりから敬遠されるぞ」
「いいじゃないですか?このご時世、他人となれ合うことがいいとは限らないですし・・・。今度はもっと教務効率をあげられるように気をつけます」
仁王は祐市のことばを聞いて天をあおいだ。
(ダメだなこれは・・・)
「祐市、この件はお前にまかせる。何を考えているか解らないもの同士、ハラの居所を探ってみてくれ」
「しかし個人的な依頼を受けるべきではないのではないでしょうか?」
「堅苦しいことは気にするな」
仁王はチーフとして時折きまぐれな判断をくだすことがある。ふりまわされる祐市としてはたまったものではない。
(結局、チーフがいちばん何を考えているかわからんな・・・)
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