第9話 夢のあと物語(一)
今回から新規ストーリーの第9話がスタート!!
「何を躊躇しているんだ。たかだか、男女の別ればなしじゃないか」
牧田啓造はそう心に唱えて話を簡潔にしようといいきかせる。
目の前に広がる追い求めていた過去。そばにいる同じ時代人の庄野祐市はこの経験になれているためか、随分と年下の割に腹のたつほどの落ち着きを見せる。 何でも見透かしているような嫌な顔だ。
過去を追い求めるなんてずいぶんと未練がましい話だ。そういいつつも牧田の頭には逃げられたかつての妻と子供の顔が浮かぶ。
(俺だってやり直せるなら・・・)と念じてみたところで我にかえる。嫌な世界だ。
話のはじまりは3日前にまでさかのぼる。そうしなければ牧田の時間感覚が狂ってしまいそうだ。
その日も牧田は昼間から安いビールを飲み、日ごろの鬱憤を言いあう。日も明るい時間なので相手も定年過ぎの老人ばかりだ。この中では牧田は若手としてもてはやされ、ときには食事代も出してもらうこともあり居心地は悪くはない。とはいえどもそうした仲間と白髪やシワの数が追い付いてきていることに焦りをおぼえることも事実である。
(なにやってんだか・・・)
この日も飲み仲間と酔いたおす。
「まったく、最近の政治家の愚策は呆れるばかりだよ」
「自分たちの利権ばかり優先して、俺たち国民には何も政策を打たない。増税だ、値上げだばかり。これじゃあ、日本もダメになるよ」と憂いて怒鳴ってばかりいるが、酒が進むにつれては 「俺らはいいんだよ。どうせすぐ死ぬから」そういってはぐらかす始末。牧田は苦笑いするばかりだ。
そんな飲み仲間のカウンターの端に森岡ケンキチという男が陣取る。口数は少なく、チビチビ飲んでは気がつくと眠りこけることも多い。この日も潰れていた。この男もグダツキ連中の仲間だったか?と時おり疑問符がついてしまう。
「あっ今日はそろそろおいとまします」
「なんだよ。まだ日も明るいのに」
「これから娘たちがうちにくるんだよ。孫もくるしな」
「あぁ、溺愛してるって噂のあれか」
「悪くおもうなよ」
そういって一人またひとりと店からで出ていき、ついにまわりには牧田のみとなった。
「ちっ、仕方ねえ帰るか・・・」
席をたとうとする牧田はカウンターの壁にもたれて突っ伏しているケンキチの姿が目にはいった。
(面倒くさいな・・・)
牧田はため息をつきつつケンキチ肩に手をポンポンと叩いた。
「爺さんもうオレはもう帰るぞ!」
「おう・・・それならもう一軒行かないか?」ケンキチは牧田の気持ちを無視するかのように誘いをかけてきた。
「あんまり無理すんなよ」
「まあ、そういわずに!」牧田の手を取って、引っ張るケンキチの腕は強かった。牧田は思わず仰け反るように店をあとにする。
(何なんだよ、コイツは!)
思いの外、強いチカラに引っ張られものの牧田は抵抗しなかった。「どうせ次の店をまでだ、そこで酔いつぶれればもう知らん」そんな気持ちでいた。だが、ケンキチが是非にと連れてきた店を見て気持ちが変わった。渋谷と恵比寿の中間に位置するどちらの最寄り駅からも行きづらいジャズバーだった。ジャズに嗜みのない牧田だったが、素性を語らない無頼者のケンキチからは想像もつかないところに案内されたため唖然とした。
「まずいですよ、爺さん」
戸惑う牧田をよそにケンキチの足どりは軽い。下り階段を進み店の扉を開けると、ライブを行うには十分なスペースのバーが展開していた。ステージには既に演奏が始まりその歌手の目当てであるファンが前列を固めていた。逆にカウンター席に座るものは少なく、バーテンダーが一人シェイカーを申し訳なさげに振るう。誰もが歌よりも歌い手とピアニストの美貌に魅了されている。そんな中年男性陣をみて牧田は苦笑した。
「今日はきてくれてありがとう。ここは料理も美味しいので、どうぞゆっくりとおくつろぎください」
シンガーが微笑むとそれに合わせてピアニストが次の演奏をはじめる。
「待ってました!」
牧田とケンキチはカウンター席に腰掛ける。ケンキチは慣れたように烏龍茶をバーテンダーに頼むと牧田は吹き出す。仕方ないと牧田はバーテンの持っているシェイカーを指差し「それで」と注文する。すぐに出されたかくてるは思いの外アルコールが強かった。
BGMとなる演奏ははじめこそ心地よく聴けていたが徐々に酔いがまわると歌手めあての中年男性陣が手をたたくいて称賛する構図がひどく牧田のキゲンを悪くさせた。
お読みいただきありがとうございます。次回もお楽しみに!!