第弐話 歌姫の帰還(七)
ライブリマスター第二話を分割掲載!!
二人の歌手が生み出す新たなる新たなるストーリーです。
その後の祐市は何度もネットで検索を行ったが、七瀬めぐみも玉枝ユリ子も大きな活躍が見られなかった。ふたりの復活をお膳立てした番組だが、めぐみは再び休養宣言を行いそのまま一般男性と結婚してフェードアウト。ユリ子もレコードを数枚出したものの日本では大きなヒットにはつながらず、華やかなアイドルソングの時代に突入した世間からは見向きもされなかった。
そして、何より二人とも歌に対する情熱が薄れていた。今回の出来事でお互いがパフォーマンスの原動力となる憎悪を出しきってしまった。これまでライバル関係として良い相乗効果を生み出していたが、その一線を越えてしまいついには自らの動力を止めてしまった。世間の一部では二人のフェードアウトを惜しむ声があったという。
しかし祐市にはそれが不幸なこととは思えなかった。
リマスター作業から数日後、会社宛に手紙が届いた。プロデューサーの飯野からだった。彼は今回の案件について、素晴らしいものができたと感謝の文面をしたためた。祐市は前回に比べて映像部分の少ないあの資料に対してこれほどまでに感謝されることに首をかしげた。
たしかに飯野の感謝の念は映像に対してだけではなかった。彼のもとには新たに2つの封筒がそれぞれ送られてきたからだ。中にはそれぞれカセットテープとMicroSDカードが封入されていた。
(彼女たちらしい・・・)飯野は苦笑を禁じ得ない。
室内のタンスにしまいこんだテープレコーダーを取り出し、またノートPCを開いてそれぞれのスロットに差し込んだ。ノイズを見極めて開始のタイミングを合わせる。まるで何が入っているかを知っているかのようだ。
アカペラの『あの丘こえて』だ。ふたつの美声が室内に優しくひろがる。ソファーに腰かけて天を仰ぎながら目をつむり右指でリズムを刻む。音源には都内のマンションから聞こえるカラスの鳴き声とハワイの別荘から響くさざ波が交じっていたが、男の脳裏にはたしかにあのスタジオに2人がいることを確信していた。
曲を聴き終えてすぐさま自分書斎の席に腰を掛けて2枚の便箋に筆を走らせた。封筒にはもらった記録媒体を入れて返送する。
(これが最後の仕事だ・・・)
しかしその仕事にはミスがあった。送りの宛先をそれぞれ入れ違えていた。それが自分の記憶が衰えていたものか無意識に意図したものか自分でもわからない。この音源を世に出すかの判断は彼女たちに委ねた。封をしたあと、男は背もたれに寄りかかりふたたび目を閉じた。
「やっぱりこのなんとも言えない匂いがいいね」
祐市は先日のレコード店で一人呟く。店内には他に仕入れしたレコードを検品する店主しかいない。祐市しかいない店内に流れる洋楽BGMは誰に向けてものもか分からない。が、祐市にはそれでよかった。誰にも声をかけられない自分だけの空間を祐市は求めていた。
「そうね、確かにレコードもいいかもしれないわね」
黄昏を楽しむ祐市に声をかけるものがいた。明帆だった。
「そ、そうですね・・・」
祐市は当たり障りのない受け答えしかできない自分が歯痒かった。しかし、それに見合う言葉が見当たらない。要領のうまい人間ならば、ここであえてを笑顔にさせることを言えるのだろうが、自分はそうではない。
祐市はそれを気にしない素振りでレコード棚を更に漁った。
「随分と肝が座っている人と思ったけど、結局は臆病なのね」
「どうしようと勝手じゃないですか。一人でいることは誰にも馬鹿にされることじゃないですよ。それに僕は過去の時代に触れて今の時代に違和感があるんです。あなたに変なハラスメントをしかねないですから」
「大袈裟ね。それが臆病なのよ。私はわりと古い人間よ。ハラスメントだとかなんとか言ったりしないけど?」
祐市は聞き流すふりをした。店内に流れる知らない洋楽BGMにリズムを足できざむ。明帆は店内をキョロキョロと見回すだけでなにが目的でここに来たのか祐市には理解できなかった。祐市は心の中で「ヤレヤレ」と首をふり少し首を明帆の方に向けた。
「ならよけれは、今度はお詫びに・・・」
「やっぱり、やめましょう!」
「えっ?」
「私は仕事に戻るね。成果をたてて自分の人生優雅にしないと。餌付けされる人生ではかなわないわ」
明帆はコクりと首を下げて祐市に背を向けるとそそくさと店を後にした。呆気にとられた祐市の表情をみて女はご満悦に右広角をクイと上げた。
-第弐話終わり-
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