第弐話 歌姫の帰還(六)
ライブリマスター第二話を分割掲載!!
二人の歌手が生み出す新たなる新たなるストーリーです。
めぐみは忍ばせた爪を尖らせてユリ子に近づいていく。その爪にはサビの淀んだ赤褐色が華やかな衣装に似つかわしくない邪気を放っていた。その手でユリ子の右腕をつかもうとそっと振り上げる。だがその腕はビーガルの聖棍の前に阻まれた。その背後には司令塔である祐市の姿があった。
「(今度はこっちか!)どうして・・・?」
「ユリ子がアメリカにいって感じたの。すごく清々したからね。あんな根暗なヤツいなくてよかったって」
「そうか、私もよかったわ。これで堂々とあなたを殺せる!!」
ユリ子の周囲にサビが群がる。二体のサビの怪物が殴り合う。青春のケンカのような構図で祐市は立ち止まる。
「どういうことだ?祐市」
「この世界のコアは2つあったんだよ。玉枝ユリ子もまたコアとして覚醒させる必要があった」
「どうしてそこまで・・・」
「めぐみがユリ子を求めるように、ユリ子もまた彼女を求めた。お互いに自分には無いものを手にしたくて妬ましく思う。それが憎悪となって邪気を産み出す。この世界のカビがそんな邪気に惹かれたのだろう」
「それで最終的には怪物化するのか?ますます人間というのがよくわからなくなるな」
「人は心の中で何度も世界を破壊するからね。どんな人間でも最後はこうしたいのよ」
祐市は首を降ると天を仰いだ。
「それでこれからどうすればいいのだ?」
「彼女たちはお互いに一発ずつ殴り合った。それでもう満足だよ。あとはいつものでいい」
祐市はそういうとバットをスイングさせるような仕草をみせた。
「おう!!」
ビーガルの聖棍が二体の怪物を叩く。人がサビ化した場合、対象者が戻る意思があればビーガルの聖棍を撃つことで解放される。二人はともに殴り合うことでやりたいことは叶っていた。もうこれ以上にやっていても虚しくなるだけだということは彼女たちにはわかっていたのだろう。そして、二人はもう逢うことはない。
「お疲れ!!」仁王の労いの声が聞こえる。祐市には聞きなれたことだが、妙に聴き心地が悪いと感じて早々に休憩室に駆け込む。
「毎回見るものじゃないな、人の憎悪は」祐市は一人呟いて目を閉じた。
その後の依頼主の飯野と面談を行った。飯野は試写での完成品を終始にこやかに見ていたが、彼の奥底にあるであろう欲望を思い出すと、祐市は笑いをこらえるのに必死だった。飯野の言動はカビの怪物がのマヤカシの欲望であったとしても、人の心の奥には自分にも思っても見ない考えがある。
(彼はこの素材を何に使うのだろうか?)
それ以上の追跡は祐市の仕事ではない。祐市はふと宝生明帆のことを考えてみた。本当はデートの際にもっと色々とすることを考えていたはずなのに、なぜたった一言で終わらせてしまったのか?それを考えたところで過去を取り返すことはできないことを思い返し苦笑する。
「何を下らないことを考えているのだ?」
突然、ドスの低い声が祐市の耳元に響いた。祐市は身震いをしながらも立ち上がり辺りを見回すと一人の黒ずくめの青年が立っている。扉はしまったまま。いつの間に入ったのか知らないが、それはこの世界にいてはいけない男であることを祐市は知っている。
「馬暮紘一?」
「つまらないエンタメに命を注いでいて、この世界の異変にも気づいていないとは・・・とんだ平和ボケだな」
「異変?怪物たちは映像世界だけの話だろ?現実の世界に出てくるわけでもあるまいし・・・まさか!!」
祐市は瞳孔を開いて馬暮を見たが、彼は「フフフ・・・」と笑みを浮かべるだけであった。
「その異変もおまえの仕業じゃないのか?」
「俺はなにもしていない。しかし、救うことが出きる。その世界を捨てて俺たちの世界へ迎え入れることがね。人々はいつだってそうさ。今の世界に飽き飽きしていつも「昔はよかった」と繰り返す。ならばこちらの世界に来ればいい。俺たちはいつでも歓迎しているぞ」
「君は最初の時は、妹想いの優しい兄だった。だが、今のお前はあの時とは違う。君こそあの時の昔の自分に帰るべきだ!」
祐市が最後の言葉を振り絞ったときには馬暮の姿はスッといなくなっていた。世界の崩壊を示唆するこの男は何者かについてはまた別の機会で語ることとなる。
お読みいただきありがとうございます。次回もお楽しみに!!