第弐話 歌姫の帰還(四)
ライブリマスター第二話を分割掲載!!
二人の歌手が生み出す新たなる新たなるストーリーです。
めぐみという歌手がわからなくなる。レコーディングスタジオや機器などは元々は玉枝ユリ子が使っていたものだ。なぜ彼女はそれすらも奪うのだろう。
(玉枝ユリ子はどこにいるのだろう?)
そんな想いに駆られて彼女の楽屋の前に訪れた。その前には一人の先客がいた。
「虹岡さん?」
「なぜ私の名を?・・・とはいえ、自分も少しは有名人でしたか」
そういって虹岡は軽く笑った。
祐市は意外に思った。玉枝ユリ子が渡米していた当時のマネージャーだった虹岡はその後、彼女と結婚した。とはいえ、それも長くは続かず、2年ほどで離婚しユリ子はふたたびひとりぼっちになった。そんな男が今度はめぐみのマネージャーになっていた。その事で強奪とか奪略愛とも書かれた記事もあった。今の時代なら渦中の存在かと思われていたが、それでもユリ子のことは気にかけていたということか。
二人の考えは同じだった。この扉の向こうにいるであろう歌手の存在。それが今回、この世界の劣化要因となっているかを確かめるため。虹岡は共演者への挨拶まわりを兼ねているが、扉に掛けるその手は少し震えていることを祐市は見逃さなかった。
「失礼します」
楽屋に入る虹岡に続いて、祐市は彼の脇の隙間から辺りを覗き込んだ。しかし、楽屋のなかには彼女の姿はなかった。その代わり、中はゲストタレントの扱いとは思えないほどカビ臭さを放っていた。明らかに何者かが汚したあとになっている。
「ユリ子、やはり君は・・・」
虹岡には思い当たる節があった。ユリ子に憧れて何もかもを奪おうとしていためぐみ。それは自分自身にもそうであることは自覚している。祐市にはこの虹岡という男を不思議そうに目をパチパチさせながらその全身を見渡した。この男のどこに二人の時の女性を惹き付けるチカラを持っているのか?やや腰を曲げたネズミのような男は怪物と化したカノジョにとっては格好のだったのだろうか?それとも虹岡はそんな怪物をも飼い馴らすことができたのだろうか?
「いや、襲われたのかもしれない」
「えっ?」
「衣服や道具が散乱されている。争った形跡があるみたいだ」
「だとするといったい誰が?まさかめぐみが!」
虹岡は見えかくれする動揺を抑えながら乱れた呼吸を繰り返した。その様子を目にして羨ましく感じつつも祐市は辺りを見渡した。何かの手がかりが残されていないかという探偵まがいの洞察に興じていた。
すると楽屋の机には二つのボックスバッグがあったひとつが開いてあり既にカビの腐敗が進んでいたが化粧道具だというのがわかる。
(同じ箱ならこっちも同じものか?どうして二つも持ち歩く必要があるんだろう?)
もうひとつは特にカビが付着された様子はないが、それが逆に不安を掻き立てた。しかし開けるしかない!祐市は犯罪をするような覚悟で恐る恐る化粧道具箱と思われるものの留め金を外してそろりとなかを覗き込んだ。
中にはきれいに揃えられた化粧道具が並んでいる。カビに侵食されているせいかもしれないが、隣のものに比べて華やかに見える。すると、祐市のもとに虹岡が近づいてくる気配を感じ他ので声をかけた。
「これはめぐみさんのですか?」
「いえ、違います。しかし、使っているものは全く同じものだ」
「だとするとユリ子さんの?でも、化粧道具を二つも使う必要はないか・・・」
「まあ・・・いいか」
そう言うと虹岡は目を閉じてふたたび開いた。するとその眼光は鋭くなり猫背気味な姿勢もスラリと伸びた。まるでモデルのようでその変化に祐市は目を見張った。
「もういいのですか?」
「これ以上することはない。私は自分の仕事をするどけですから。今日の仕事もすぐに済ませないと自分もこの後婚約者と落ち合うもので」
「そうですか、七瀬めぐみにはあなたの助けがまだまだ必要かと思いましたが?」
「僕はこれからはマネージャー業を引退するつもりですから。彼女には一人で立ち上がってもらわないと」
「じゃあ、熱愛報道は?」
「ゴシップレベルの報道ですよ。この世界の裏側には長くいるものじゃない」
この男の情報量がやけに多かった。虹岡の汗が更に滲んだ。華やかな世界の知らない側面に辟易しているということか。二人の歌姫の寵愛を受けた男がこの世界を去る。残された歌姫たちはどのような想いが残るのか?未練がましくなるとは考えにくいが、それが引き金となってこの後に修羅場とならなければよいが。
カビ臭さが更に増したような気がした。
「ということで、もうすぐ本番が始まります。私は戻ります」
「そうですか」祐市は同じ言葉をもう一度繰り返した。
お読みいただきありがとうございます。次回もお楽しみに!!