第弐話 歌姫の帰還(三)
ライブリマスター第二話を分割掲載!!
二人の歌手が生み出す新たなる新たなるストーリーです。
「それでもあなたは歌い続けるしかない。頼む次の収録では何があっても歌うことを止めないでくれ」
「そうね、わかったわ」
そういって別れたあとめぐみは同じ通用口を通って消えていった。彼女から放たれるミントの香りがいまだに祐市の鼻をくすぐるので「シュ、シュ!」と鼻をならした。彼女の香水のせいかカビ臭さを感じとりにくい。しかし、祐市にはこの世界で成し遂げなければならない目的がある。
フィルム世界には劣化要因を産み出す『コア』の存在があるという。それは城の柱や太陽に潜んでいてカビやサビの活性化を促している。つまりそれを破壊すれば世界の劣化を抑止することが出来るのだ(劣化要因が完全に全滅するわけではないが)。
めぐみと別れたあと祐市は再び収録スタジオに戻った。ステージの巨大さにはいつも圧倒されるが、以前にも修復したことがある空間であるのでそこには感動がない。しかし、少し色味が足りないと直感した。それは元の素材のテープのせいだろう。同じカラーでも所々でノイズが入るので緑色単色に色落ちしてしまう。
祐市はそれを左上腕に装着されたアームレットで補正していく。
(まだ、戻るわけには行かないか)
リマスター作業をしているといつの間にかステージには七瀬めぐみの姿があった。衣装に着替えてリハーサルを行う姿に祐市は目を見張った。
「七瀬めぐみ・・・これではダメだ」
どこからともなくため息混じりの声が聞こえた。祐市の後ろから聞こえたので振り返るとプロデューサーの飯野の姿があった。今回の依頼主であるのですぐにわかった。がその風貌は違っていた。
「どう言うことです?」
「彼女ももうすぐで30になる。いつまでも正統派を気取っていていい筈はない。汚さなければ彼女の荒んだ表情こそ、私の嗜好とする芸術となる!!」
男の奇怪な言動に祐市は右手で顔をおおった。その指のすき間から飯野の覗くと緑色のおぞましいオーラを放っているように見えた。
(まさか、腐っている?)
暴走した飯野は唾を飛ばしながら、更にいい続けた。
「君が虹岡君と交際しているときいたとき、私が求める君の姿をみた。闇だ!清純派の君が闇をみせたときこそ君が更なる表現力をつけた最高の歌い手となるのだ!」
「(これはさすがに止めないとな)・・・ビーガル!!」
「おう!」
「・・うっ!!」
狂った表情となった飯野をビーガルの右腕が制した。左上腕に手を掛けた祐市が即座に戦士を召喚させ、飛び出したビーガルは飯野に手を振れると電流が放たれ男はすぐさま気を失う。
まさかと思ったが飯野からカビ臭さを感じた。Wikipediaなどで得た祐市の調べではこの頃の飯野はヒット曲を産み出せないジレンマを抱えていた。極度の落ち込みや考えの変化で人の心は錆び付き腐る。その心の闇のなかをカビがつけ狙っている可能性はあるのだろう。
「カビに取り憑かれている・・・誰かに罹患させられたのかもしれない」ビーガルが沈黙を嫌がるかのごとく言葉を発した。
「この空間の異様さに彼はヤられたのだろう。彼も被害者になるとは・・・」
「この世界の劣化要因はこの世界に住む人間の思考に作用する彼の本心が露呈したようだ」
「あれが本心ではない。数ある思考の中のひとつに過ぎない。人間の心なんて一端では判断できないよ」
「わからないな。この男は七瀬めぐみを汚したいと本心を露呈した。それが全てではないのか?」
「ビーガル、君は人間を知らなすぎる。」
ビーガルを否定し続けたとき、祐市の脳裏に宝生明帆の姿が浮かんでいた。食事にいく前は色々なことを妄想していたにもかかわらず、当日は素っ気なく別れた。結局、彼女のことが好きだったのか、自分にもカテゴリー分けができていないのである。
(そのコアが人の心にも存在するのか?)
祐市の自問自答は続く。
お読みいただきありがとうございます。次回もお楽しみに!!