第弐話 歌姫の帰還(二)
ライブリマスター第二話を分割掲載!!
二人の歌手が生み出す新たなる新たなるストーリーです。
リマスターパーツを纏い、記録媒体の世界に向かうとやはり彼が出迎えてくれた。
「はじめまして、私の名はビーガル。搬送波生命体だ」
「僕の名は祐市。とりあえずまず確認したい。きみの力に映像世界の人に取り憑いたカビを取り除くにはどうしたらいい?」
「いきなりだな。それは・・・」
祐市に取ってこのいつものやり取りは嫌いではなかった。しかし、この世界について確認しておきたいことがあったからだ。
その歌手は恐れていた。ユリ子が帰国することを。ジャンルが違うとはいえ歌唱力は彼女の方が上であることは明白だ。そんなことは問題ではない。
その日の外は雨足が強まっていた。それに反応してか、スタジオの壁の隅からジメジメとした雰囲気が、鼻を曲げるような強烈な死臭を放って近づいてきた。劣化要因となるカビが具象化して怪物と化した。
「何をしてるの?早くやっつけてよ!!」
めぐみはこれまでの淑やかさを殺して叫んだ。カビの怪物はサビに比べて重くて鈍足だ。ビーガルの攻撃も敵の隙をついて打ち込みやすい。しかし、ジメリとした攻撃は予測がつきにくくビーガルも思うように近寄れない。特にツンとくるカビ臭さは生きている世界からやって来た祐市には相性が悪くマスターとしてビーガルに指示が出しづらい。
「とにかく聖棍で叩きつけよう」と、指示も曖昧なものでビーガルは困惑するものの得物を握り直して敵を叩き潰す。
サビの死骸はスタジオ脇に隠れていためぐみの前に倒れこむ。動きのなくなった怪物を確認してめぐみの震えは止まった。そして、別の衝動に駆られてその汚物に駆け寄る。
「ユリ子、大丈夫?ごめんね。苦しかったよね!」
情緒不安定なめぐみの言動に戸惑いつつも、祐市は彼女を取り押さえた。先程まで嫌悪していたのに、なぜ今度は哀れむのか?そんな疑問が交差してあまり力が入らなかったが、ほかのスタッフもようやく駆けつけて一緒に取り押さえて彼女は落ち着きを取り戻し、控え室につれていかれた。
(やっぱりよくわからん)
しかし、かつての親友がカビという闇に取り込まれていたことはリンクしているのか?
めぐみの控え室には多くのマスコミや関係者でごった返していた。それらを手で制止しつつマネージャーはめぐみと中に入ろうとした。その隙間からめぐみは野次馬を覗き込もうとする祐市の姿を見つけた。
「とりあえず落ち着こう。雑誌記者が色々とうるさいが君は歌に集中すればいい」
「そうね・・・」
「そうだ、この仕事が終わったら休暇をとるといい。君にも・・・」
マネージャー振り返るとめぐみの姿はなかった。いまだに壁を隔ててマスコミの声の賑々しさが伝わってくる。その中に祐市も混じっていたが、既にあきれている。
(一旦、戻ろうかな)
そう思った瞬間に自分の手を掴むものがいた。めぐみである。逃げやすくポニーテールを結びサングラスをかけた少女は「ついてきて!」と言って無抵抗の祐市を引っ張り出す。戸惑う祐市だが、視線の先にある楽屋の壁の下段の一部が取り外されていたことは見逃さなかった。
ザワザワとしたマスコミ群の山からひょっこりと顔を出して、マネージャーの虹岡は逃げ出す二人を見つける。
「どこへ行くんだめぐみ、君まで逃げるのか!?」
祐市はチラリと虹岡をみたが、めぐみに引っ張られる力に負けて共に逃げる方向に姿勢を向き直した。虹岡が「君まで逃げるのか」という言葉が引っ掛からないわけではないが、全力で走りきるうちにいつの間にか忘れてしまった。
逃げた先は行きつけの喫茶店。しかしそれもマネージャーの紹介であるからすぐに嗅ぎ付けて連れ戻されるだろう。
「あの怪物から私を守ってくれるんでしょ?」
「玉枝ユリ子を気にしているんだね」
「そんなことじゃ!」
「じゃあ、あなたは何がしたいのですか?」
「逃げたいわ、どこか、遠くへ」
「それは無理な話だな。この世界のあなたなら特に」
と言って祐市は苦笑した。この喫茶店にしても彼女の残留思念によって導かれたものである。それ以上に知らない場所に行くことはできない。どこか遠くへ行きたいはアイドルのわがままと言ったところか。
「あなたは歌うしかない。その放送を多くの視聴者が待ってますから。それに今日は・・・」
祐市はめぐみの親友であった彼女の名前をいいかけて噤んだ。
「玉枝ユリ子ね。デビューからの同期で親友。そんな彼女との10年ぶりの再開。その感動を人々は待ち望んでる」
「そうですよ。このあとにもあなたは活躍し続けるのですから、逃げちゃダメです」
「あなたは未来から来たあなたには何でも知っているのね。ワタシのことを知らない未来人さん。未来でのワタシのイメージはどんなものかしら?」
「えっと、清純派歌手の元祖で、その後も大きなスキャンダルもなく、いまだに評価も高いですかね・・・」
「そう、何でも知っている未来人さんでもワタシの中身までは知らないようね」
(興味もないけど)
そう祐市が思っていると、めぐみは目の前のアイスコーヒーを右手で力強く鷲づかみして一気に飲み干した。その苦味からか、彼女の身体は震えだした。
「ワタシはユリ子が嫌いなのよ。何もかも。ヒット曲も今はロクにないクセにいつまでも親友のような形でテレビにでようとして。やっとテレビに出なくなったと思ったら、感動の再開ですって?ふざけんじゃないわよ!!」
祐市は唖然とした。現在でも通用しそうな彼女のルックスに絆されそうなところであったから余計に目を丸くした。彼女の身体は未だ震えている。それは嫌いと言うより怖いのだろうという想いが祐市にも感じていた。「人気のめぐみ、実力のユリ子」一部の雑誌に掲載された記事の見出しをめぐみは嫌うであろう。カラーテレビが普及し出して歌よりもめぐみのような華やかなルックスが視聴者には受けた。対象的にユリ子はショーステージの勉強のために渡米する。空港で見送るめぐみがみたユリ子の後ろ姿は随分と窶れて見えた。今でもその姿が目に浮かんできては彼女の頭を揺さぶる。
お読みいただきありがとうございます。次回もお楽しみに!!