第弐話 歌姫の帰還(一)
ライブリマスター第二話を分割掲載!!
二人の歌手が生み出す新たなる新たなるストーリーです。
(遠くからみているだけでよかったのに・・・)
祐市は心のなかでため息をついた。遠岡の一件でのほんの誤解から無理矢理幸せな時間を作り出した自分を後悔した。確かに食事に誘ったのは自分からだ。だが、宝生明帆が本当に誘いに乗るとは思わなかった。あれからしばらく経ってからのことなので祐市ももう冗談と思い忘れていたことだった。これからどうすればいいのかわからない。
「ねえ、誘っておいて一言もしゃべらないのはないんじゃない?」
「確かにな、これじゃあ餌付けと変わらないか・・・」
祐市は立ち上がり、テーブルに二万円をおくと足早にレストランを出た。この後の予定は何通りか考えてはいたが、結局どれも彼女を満足させられるとは思えなかった。レストランのある裏路地から表参道の地下鉄に入る大通りに向かおうとすると、通りのひとつ前に古びた店がある。そこで祐市は足を止めた。古びたレコード店のようで主に輸入のレコードを扱っている。祐市は引き寄せられるかのようにその店に歩を進めた。
(玉枝ユリ子は今どうしているのだろう?)
それはかつての自分の仕事で残ってしまった懸念点である。自分が知っていることは記録媒体から放たれた彼女の情念がフィルムのカビに取り憑かれた姿である。本人が今どこにいるのか、何を考えているのかなにも知らない。リマスタープロジェクトの欠点でもある。
祐市の知らないレコードの束が棚に幾重にも重なって、さもマニアであるかのようにその棚からレコードを数枚引き抜く。当然ながら知らないアーティストばかりなので近くにいた店員を呼び止める。
「玉枝ユリ子の輸入盤ですか・・・少々お待ちください」
慣れないアルバイト店員が店長に聞きに行こうと向かった代わりに1人の女がズカズカと店に入っては祐市の前ににこやかに近づいてきた。祐市は目をつむった。明帆である。殴られる覚悟は出来ていたからだ。
「誘った人を捨ててレコードめぐりなんて乙な趣味ね!」
「ごめんなさい、どう考えてもあれ以上に宝生さんと会話の展開が想定できなくて・・・」
「謝らないでよ!まるでアタシがフラれたみたいじゃいの」
「あの、お取り込みのところすみませんが・・・」
店主が割って入ってくる。この状況で会話にはいれる強精神に感心しながらも祐市は彼の手にした3枚のレコードに目をやった。
「これって、玉枝ユリ子?」広報課の明帆にも彼女の存在は資料を通して目にしている。
「ああ、以前歌番組のフィルムの修復作業で取り扱ったことがあったから気になってね」
「あの番組の修復も成功したって仁王マネージャーも納得してたみたいだけど?」
「あの人は褒めることしか言わないよ。それに僕らは彼女には会ったことがないからね。実際何を考えているかなんて分からないよ」
「幸せ立ったんじゃない?彼女のソウルフルな歌声とルックスだったら当時の日本よりもアメリカの方があってると思うし」
「確かにアメリカでは一定の成功を納めたといえるけど、それ以上に生まれた日本で自分の歌手としての存在が認められなかったショックの方がいまだに残っているような気がしてならなくて・・・」
「ショック?」
「彼女と七瀬めぐみは本当に親友といえる存在だった。その事も大きかったかなと・・・その辺、女心っていうと僕にもわからないけど」
「ワタシには食事に誘って、会話もせずに立ち去る男の気持ちの方がわからないけどね」
「それは男の気持ちというか、僕の問題ですね」と、祐市は軽く頭を下げる。明帆はいまだに機嫌悪くフンと鼻息を荒げる。祐市はレコードのジャケットだけを数分確認して棚に戻した。眺めているうちに時間の無駄と感じたからだ。だが、偶然にも彼女に関する仕事に触れる機会はすぐにやってきた。
「あの歌番組のリマスターですか?」
リマスター版の公開はテレビの特番でも取り上げられた。スタジオに用意した大樹をバックに歌うめぐみの姿は多くの視聴者に印象付けた。ということはない。使われた映像は1分30秒ほどで字幕とそれを見守る特番出演者のワイプとリアクションだけが高画質で映し出される。
(この歌の雅さは本当にこれで伝わったのだろうか?)祐市はいまだ疑問に思う。
「あの番組は以前、解決したものだったはずですが?」
「実は海外に流れていた放送で録画されたものが断片的に見つかってね。それで再度、リマスターの依頼がきているんだ。悪いが、かつての素材も使用してもう一度仕上げてほしい。あの頃と比べて高画質にする話も出ているからな」
これ以上綺麗にしてどうするというのか?祐市には甚だ疑問だ。この番組を需要とする世代もずいぶんと高齢化が進んでいる。できる限りの新しい話題を提供してお金を落とさせるソフト会社の狙いもあるのだろう。ソフト第一主義の世代の性かと祐市はひとり苦笑した。
当時の関係者の自宅から資料が出てくることはよくある話だが、そのソフトは少し違っていた。ややカビ臭さがあるというだけでなく、プロデューサー自身も表に出したくなかった事情があるのだろうか?この時期の七瀬めぐみはフェードアウトという引退をする前のもので需要が極端に少なく、テレビで流すには撮れ高のないものといえる。
国民の妹のような形容で歌われた「あの丘越えて」の歌う姿だけを視聴者は求めているが、その後は歌手として伸び悩みやがて表舞台から姿を消した。
引退する前に少しゴシップとなっていたのが奪略愛である。七瀬めぐみが親友でもある歌手のTから夫を奪ったということ。祐市にはそのTという歌手が玉枝だユリ子ではないかという想いがあった。
依頼は祐市の否応なしに決まる。リマスター作業が開始される3日前までに記録映像を試写で確認して修復すべき箇所を探る。1時間番組のなかで37分ごろから映像に乱れが生じていて肝心の七瀬めぐみの歌いどころが見事に見られなくなっている。その後に玉枝ユリ子が登場する筈なのだが、もはやそれすらも確認できない。
(また彼女がこの世界を破壊しいているのか?)
祐市の胸にモヤモヤした気持ちが沸き立つ。それならば自分が行かなければというめんどくささともいえる複雑な想いが頭のなかを掻き乱して呼吸が乱れた。
お読みいただきありがとうございます。次回もお楽しみに!!