第3話 アイドル忘却化指令(三)
(三)
そして次の世界に入る。これで番組は10本目となった。ビーガルの機能で映像媒体の人間(の残留思念)を切り取ることができるストックは9件までだという。これまでの赤星聖也はビーガルの腕の中で保存されているという。これまで、何回もビーガルと行動を共にしてきたので、裕市も驚くことも少なくなっているが、ここからの判断は自分にゆだねられていることを思うと動揺も隠せない。
(ここからは人殺しになるのか?)
そう思うとビーガルの右腕に眠っている赤星聖也のストックが裕市には重く感じた。下手な動悸はこのマスターテープの酸化を招くことは裕市にもわかってはいるが、裕市には先にチーフの仁王がもらした「やっかいなこと」という意味を徐々にかみしめていた。
今回の記録媒体でもすでに本番が始まっている。前回のRA BEATz結成五周年記念ライブから三年が経ち、徐々に知名度を上げて初めて自身が冠番組を持つまでに世間の知名度を上げてきた。この番組も三か月を終えようやくメンバーもスタッフも番組になれたこともあり、どこか落ち着きのある現場だった。しかしこの時、裕市の見つめた赤星聖也という男の表情は伏し目がちで、どこか必要以上に憂いを秘めておびえているようにも見える。まるでこれから自分が消去することを知っているかのような表情である。彼がRA BEATzを脱退することになるのだがそれはまだ一年ほど後のことである。そのことに対してほかのメンバーに対して負い目を感じるにはまだ早い。
(深く考えてはだめだな・・・。)
裕市は意を決して、本番中の正面に降り立った。現実にありえない突然の出現した不審者に反射的に動けるスタッフは皆無だった。制止させようと動き出すスタッフたちより一足早くビーガルは腕を突出し、十回目の光を灯した。
目の前に立ちふさがるロボットのようなアーマーの人物が何か超人的な行為をすることに赤星は恐怖を覚えたが、自分を消そうとする何者かの存在は察していたので、何かの覚悟を決めたようでもあった。その無防備な姿はやはり裕市にとって居たたまれないものだった。こうした光景をもう9回もみてきていて今回はいよいよ後戻りが利かない処理となる。裕市は目を伏せて静かにビーガルの肩に手を掛けた。
「ちょっと待ってくれ、ビーガル・・・。」
その声でビーガルは動きを止めた。処刑を覚悟していた赤星にとって直前で執行中断されるとどうにもしまりが悪い。それにこの執行人に命令する男はまだ若く、自分の仕事に躊躇しているらしい。赤星はその躊躇を見て受け入れようとする自分の運命に反抗しようと感じた。
(息苦しい、とにかく外へ出たい。)
そう感じると言葉より先に体が反応してビーガルの腕を掻い潜り裕市の袖もとをつかんだ。このあたりの身のこなしが、アイドルとして培われた運動神経によるものだと、赤星は自分に感心した。
「ぼくと一緒に来てくれ。」
赤星の言葉は裕市にとって予想だにしなかった。まるで赤星が以前から裕市が来ることを待ちわびていたかのようである。赤星はRA BEATzの中でも長身であることで当時から目立っていたが、それ以上に目ぢからが強い。対して裕市は誰かからみられることになれていない。これまでも穏便に育ってきた。穏便に生きることで平生を保ち、それがこれからも自分の原動力であると信じていた。誰からも注目されたい青年と誰かから注目されることを嫌う青年が同じ空間にいては自分の方が不利である。そう感じた裕市は赤星の問いかけには応じなかった。
二人は迷路から脱するようにスタジオを出た。しかし解放感はない。すべては記録媒体の上でいるから当然である。カメラがとらえていない箇所に関してはそのソフトに宿る残留思念の限りでしかこの世界を構築できない。外の青空は端子の切れた映像のようにちらつきを伴う画素の粗いもので決して目に優しいものではない。
「世界の終りか?」
赤星は思わず口にしたが、スタジオをエスケープした時点で既に今の人生は終了している。それでも構わなかった。しかし、それを立証するためにはこの先の自由がなくてはならない。その道も自由といえるかは未だに疑問を抱いている。
(この男は逃げたいらしい)
生きる世界の違う男が、初めて赤星を理解した。形はどうあれ、裕市もこの男を消滅させる任を実行に移せずにいる。スターが多忙をきらい外の世界を見たいと思っているのだろうか。裕市は単純に仮定して意外にもこのふたりが大きな組織からの裏切り者という共通点を見出してみた。考えてみると自分にもこの世界では当てがない。
だが道筋はあった。裕市には9人の赤星聖也を所持していることである。今回のビーガルが持ち合わせていた特殊能力である記録媒体の対象者を切り取る能力。その処理には裕市は躊躇していたが、それを別の方法で活かせるかもしれない。ここからは裕市の推測で前回のミッションでビーガルは記録媒体にある残留思念を具現化する能力を披露した。無論、今のビーガルはそのことを覚えていない。ビーガルの潜在能力を使ってストックしている赤星聖也の残留思念を具現化させるというのが裕市の導き出した答えである。
(シャドーライザー)
自分一人の頭の中で整理するには限界があるので、とにかくビーガルを呼び出してみる。そばにいた赤星は驚き、ザラついた青空とともに恐怖を感じた。だが、同時に希望もかすかに見出せた。赤星は芸能界での十年近いキャリアでたとえ危険であっても最良のものを選ぶ習性を身につけていた。
お読みいただきありがとうございます。
裕市と赤星が向かう先には・・・次回もお楽しみに!