第壱話 曾テカラノ招待狀(四)
ライブリマスター第一話を分割掲載!!
取り扱うフィルムは遠岡傳十郎主演の『村雨放浪記』だが、この話は同じ結末となるかは果たして・・・?
「役者をやっていたんですね」
それは映像提供者の春日と言う男だった。花島の息子だと知り、祐市は少し納得しつつもその落ち着きぶりを意外に思った。興した事業によって展開したビジネスモデルが成功して裕福である落ち着きなのだろうか。
「少し尋ねたいのですが、どうして今回わが社に資料の提供を?」
「自分も父のことを知りたかったのかもしれません。父は趣味もなく倹約でした。お陰で自分は親の資産を元手にここまでの功績を得たことは事実です。しかし、なぜここまで自分を殺してまで子供のために資産を残していったのが理解できないときがあるんです。彼の幸せとはなんだったのか?」
祐市はあの世界に戻りその事を直接尋ねたいと考えていたが、その彼は今は遠くに眺めた先にある魔城のなかに囚われている。
(やるしかないか・・・)
祐市の決心は固まった。
次のリマスター作業は3日後。静養するよう忠告されていたが、時間があったのでバスで軽井沢まで旅をした。観光ではない。作家がよくやる取材旅行の真似事だ。きっかけは先の事件からすぐのこと。スマホで「遠岡傳十郎」を検索し、彼の別荘があった跡地に建てられた郷土資料館にて展示されている撮影小道具の画像をみたことだ。これも銘刀が引き寄せる魔力とい言ったところなのか。サビさえも斬れる秘密はどこにあるのか?祐市の興味はその一点だ。
時間のかかるバスのなかではそのまま眠りにつける利点があった。腹をすかせた時に入ったそばの味に思いもかけずにそのうまさにのど越しに感動する。旅になれていない男であったが、だからこそ満喫できた。
訪れた資料館は寂れていて人の往来もないことに祐市は落胆したが、すぐに気持ちを整えて入口にはいる。
目当ての刀はロビーの中央に鎮座していた。照明に晒されてまるで骨董マニアが喜びそうな代物だった。名刀ナマクラガタナといったところか。
自分の存在が物珍しいとみてすぐさま職員が飛び出して祐市のそばに付いた。
「こちらの刀は俳優の遠岡傳十郎が撮影に使用していたものにございます」
(知っています・・・)
職員は70は超えてそうな見た目だが、元々の映画好きが影響しているのか口が達者だった。
館内を案内された中で、祐市にはひとつの展示スペースが目に止まった。
「あれは?」
「冷やし柿ですか?ここから南の地方の特産なんですよ。そんなに有名じゃないですが」
「食べる以外に何かに使うことはあるんですか?」
「別荘のロッジの木材を防腐させることとかはありますが・・・でも遠岡さんもよく召し上がってましてね!」再び遠岡の説明にもどって職員の早口は戻ったが祐市にはそんなことはどうでもよかった。
祐市の脳裏に遊郭のシーンでの遠岡が手入れをしていた姿が思い出された。遠岡は時代劇スタアとして扱った刀は生涯そのひとつだった。それだけに手入れは行き届いていた。撮影中の合間には防腐の粉を播但に付けてポンポンと叩いていた。その粉が余計な湿気をすいとりタケミツの刀が本物のように仕上がる。
「これだけは結局、俺がやる仕事になっちまった」と遠岡は笑った。
撮影所からその刀か当時の艶を持ったまま見つかったとき、祐市はその光景が浮かんでニヤリとした。
その日の出社も祐市の疲れは全身に及んでいた。瞼のなかにも遠岡の姿が浮かぶほどだ。「惚れた相手を食事に誘う勇気もない小僧が・・・」という言葉がいまだに祐市の脳裏をよぎった。今はそんな時代じゃあるまいし。祐市は彼のおちょくりを振り払うように声を出した。
「よかったら、今度食事にでもどうですか?」
「えっ?」
誰かが声をだし反応した。とっさに目蓋を開くとそこにはスコーピスト(SPT社)の広報を担当する宝生明帆の姿があった。急にいつも彼女から放たれる洗いたてのシャンプーのような香水の匂いが一気に祐市の鼻の中に抜けた。会社のエレベーターに二人きりになっている状況は端から見れば羨ましく思われるらしいが今日はその香水が噎せるような心地でうごけなかった。弁解の声をかける暇もなく彼女が降りる階のエレベーターが開いた。明帆は軽く一礼をするかのようにして逃げるようにその場をはなれた。
(迂闊だった・・・)
祐市は天を仰いだ。
祐市にとってそれが一番有益だと知っているからだ。高校生から変わらない細身でストレートな黒髪に惹かれ声をかけるものも多いと聞くがそれをすべて彼女が断りその噂が即座に会社内に知れわたる。だからこそ、その姿を遠くから見ることが一番と祐市は考えていたが、その均衡が崩れれば自分もこの会社を去ることも考えねばと思えた。
それを考える暇もなく、職場に戻った。自分の職場には昨夜、修復したリマスターの試写を行った。
こうして祐市の3日間は終わった。
「ヤバい、全然休めてない」
「休んでも、休んでなくても最後はみんなそう言うんですよ」
修復オペレーターの山本はにやけながら応えた。
お読みいただきありがとうございます。次回もお楽しみに!!