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改装記ライブリマスター  作者: 聖千選
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第壱話 曾テカラノ招待狀(三)

ライブリマスター第一話を分割掲載!!

取り扱うフィルムは遠岡傳十郎主演の『村雨放浪記』だが、この話は同じ結末となるかは果たして・・・?

 (アイツばかりなんて許せない・・・)


 花島はゆっくりと刀に手を伸ばすしたが、刀身を引き抜く様は常人とは思えないほどに素早かった。剣先はあっという間に遠岡の向けた刀を振り払った。その異常さは刀の震えをもって遠岡に伝わる。花島の刀はサビに閉ざされていた。その様子を見た遠岡は思わず吹き出してしまった。


 「どうした?お前はそれで俺を斬るつもりか?」


 錆びついた剣を前にして祐市も苦笑しようとしたがすぐにと止めた。


「あの太刀を喰らえば、あの様に腐る。呪いの刃だ」


「文字どおりの刀のサビか・・・?」


 祐市が感じた臭気の違和感がそこにあった。鞘の中に潜みその存在を隠していた赤サビは花島の憎しみとともに見出だされた。祐市はアームレットに手をかけたが、それ以上に動けなかった。あの刀に潜んだ赤サビは花島たちを人質にしているつもりだ。映像世界の人びとがどうなろうが自分にとって気にすることはない。しかし、花島によって産み出されてサビの効果は如何なるものか?その不穏が祐市の次の行動を阻んだ。


 「俺はアンタのような役者を目指してここまできた。何年もかけてここまで。それがなんだ!いま、ここに迷いこんだ猫のようなコイツばかりを可愛がりやがって。こんなふざけたヤツに・・・。俺にだって」


 「ほう、いい目をしてるじゃねぇか」


 「えっ・・・」


 遠岡のひと言に花島は動揺したが、それよりも先に手にした刀が熱くなっていることが気にかかってしまう。剣先に目を向けるとマグマのような赤サビが鼓動を打っていた。異常を認めつつももう逃れられない。刃から放たれた赤サビの大群はすぐに花島の視界を覆いそのまま上から全身を包み込んだ。


 「物の怪か!」


 身構えた遠岡を祐市は静止した。彼らは目の前で繭のようになった花島の異形の姿に固唾を飲んだ。赤サビの繭は自分と同じ色の煙幕を全身から放つ。廃工場の時に覚える臭さがあった。それをブースターにして繭は飛び上がった。撮影所の天井を突き破って目に見えなくなるのはあっという間だった。

遠岡は手の甲から腕にかけて浮き上がる鳥肌を押さえきれずにいるのを祐市は見逃さなかった。


 「ハァ」と祐市は息を切らした。


 「なぜヤツを逃がした?」


 「情念・・・」


 祐市がそう答えると遠岡はそれ以上は問い詰めなかった。花島から醸し出される情念が錆び付いた刀に引火しかねない。そんな懸念がしたのだ。


 「情念か・・・たしかにアイツの目には野生を感じた。オレが求める役者に近い」


 「遊びではない!人の命がかかっている」


 「こっちだって命懸けでやっているんだ!死を賭しても生き抜く役をオレは求めている」



 「どうする?このままヤツを追って行くのか?」


 「いや、止めておこう。やっぱりぼくも疲れたし、現実の世界にだって時間が進んでいるのだろう。上の人たちが心配してしまうよ」


 独り言で祐市が上を見上げた様子に遠岡は首をかしげつつも同じ空を見上げた。何もない空をつまらなく感じて元に向き直すと祐市の姿はなかった。


 「いやはや・・・やはり、おもしろい男だな」


 忍者ヒーローのようなカッコいい去り際を見せた当の本人はそのような意識などない。意識が現実にもどった祐市は居眠りしたように身体をガクンと何かに打ち付けて目を覚ました。


 「よう、大丈夫か?」リーダーの仁王の声がする。


 祐市が振り返った座席にはから涌き出るかのように汗が流動していた。それは悪夢から覚めたようだった。思い返すと遠岡が刀を自分に突きつけたときから調子が狂っていた。撮影現場の空気は誰もがピリついていて、緊張感が漂っていた。あれをブラックというのであれば、自分はこれからこうした現場を見ていくことになるのか?そう思うと、祐市は急に仕事をしたいという希望が失われていくのがわかった。


 「何やってんだか・・・、名作時代劇のフィルムをモンスター映画にしてしまったみたいで」


 「そんなことない。いまラッシュフィルムを確認したが、きちんと映像修復できている」


 祐市は呟いたことを返されて憮然とした。まさかオペレーション中の出来事も周りには聞こえているのだろうかと辺りを見回した。皆、自分たちのブラッシュアップ作業に集中しているようでこちらを気にする目を向けていない。


(とりあえず、フィルムの中の出来事は気づいてないみたいだ)


 それがよいことなのかどうか祐市には考える余裕がなかった。ただ試写室での視聴の前にとなりの控え室で横になりたい。その気持ちだけが自分の身体を動かしていた。

皆が奥のブリーフィングルームで休むように言われたが、祐市は頼み込んで編集室の一室を使いたいと申し出た。編集作業が続いている慌ただしい空間だが、自分が起こした不可思議な体験の影響で何かに得たいの知れないものが映り込むかわからない。それが怖くて仕方なかった。

編集室のなかにはフィルムの世界の中よりもカビ臭さが鼻を突いた。周りには他からリマスターを依頼された編集素材が山のように並んでいて今にも横になった祐市に襲いかかって来るのではないかというほど高く積み上がっていた。


 「えっ、これ1本で10,000円もするんだ。」


 唖然とする祐市を予期してたかのように仁王は苦笑する。パッケージの定価は確かに税別てその金額が印字されている。


 「そりゃ、映画館で1,800円で観るものが、自宅で何回でもみられる。6回以上みれば元はとれるだろ。」


 「それでもボッタクリでしょ。買う人いるんですか?」


 「まぁ、こういうのをレンタルビデオ屋が購入して、一週間で3~400円でみるのが普通かな。サブスクと比較して考えるなよ」


 「今にしてみれば、バグった価値観ですね」


 「逆に言えば、そんな価値観に当時の人はモノを真剣に造っていたということさ。だから作品には手を抜かない。時に命を懸けることだってある。君も仕事をするときは少しだけでも価値について考えてみた方がいい」


 「価値か・・・」



お読みいただきありがとうございます。次回もお楽しみに!!

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