第壱話 曾テカラノ招待狀(二)
ライブリマスター第一話を分割掲載!!
取り扱うフィルムは遠岡傳十郎主演の『村雨放浪記』だが、この話は同じ結末となるかは果たして・・・?
「あ、ありがとうございます」
裕市は思わずこう答えたものの、裕市にとってこの世界にはもう用はない。早く次の仕事をしなければという考えがあった。この世界に映っている人々は提供されている資料フィルムに映った記録媒体でしかない。百年前の版権が切れた作品の中で存命している人物はいない。裕市はその特別感で生の喜びをかみしめていた。
すると遠岡はタケミツの刀をピシリと祐市の頬に掠めてマスクを外した。祐市は思わず手で覆った。
「死んでいるな・・・」
スタアは祐市の目をみて診断した。「えっ?」裕市は首をかしげて愛想ない表情を浮かべた。
「お前、あの怪物のことを知っていたんだろ?だから、戦いに来た。なのに、さっきから戦いも彼に任せて、どうも他人事のような態度・・・気に入らねえな」
面倒なことになった。裕市は手で顔を覆った。
遠岡は監督のもとへ寄り、数分言葉を交わした。すると監督は予定していた数シーンを飛ばして別の場面を用意するよう美術スタッフに指示した。勝田という男は『村雨行脚録』の監督と言われると聞こえはいいが、それまでは新映の大道具スタッフの男である。
戦前の映画全盛期に独立した零細企業である新映はその第一回作品の目玉に遠岡プロとして独立した遠岡傳十郎を主役破格の待遇として迎え入れていたがそのしわ寄せとして集まったスタッフは半ば強引に割り当てられたといってよい。勝田も監督に祭り上げられたが、そのノウハウはなく演技指導から撮影方法に至るまで遠岡及びそのプロダクションに任せられるような状況である。遠岡の指示もまかり通るほど現場の状況は四苦八苦していた。「この会社も長くはもたんな。」そう考えられるのもこの現場では遠岡だけと言っていい。
だから遠岡は好きなようにやっていた。遊郭のシーンでと要された芸妓役も先日、遠岡が京都で知り合った店の女給や踊り子であった。出番が早まり準備もままならぬ状態で舞台に上がる淫らな衆が横切り、裕市は汚らわしく感じつつ目を伏せ、その場を立ち去ろうとした。
「何やっているんだ、お前も出るんだよ。」
遠岡の指示で既に用意されたメイクスタッフが、強引に裕市を巻き込んだ。必死に抵抗しようとしたが、無理に息巻いてこの世界を錆びつかせることを懸念した裕市は徐々に力を緩めた。
(錆び付いた匂いがする)
それはどこからするかは分からないが、この大衆の中で祐市の鼻だけが臭気に曲がる。臭いの元はばどこからか未だ知れない・・・。
(ならば、ここで探るしかないか)
三十分後、裕市は町人姿を纏った。フィルム映えするからと付けたドウランが粉っぽく、何度も咳きこんだ。裕市は遠岡演じる主人公へ情報を伝える瓦版の部下という役どころだが、セリフはなくその情報は遠岡に耳打ちをするというもの。端役だからということで、事の所作を行えばすぐに立ち去ろうとした。だが、それを遠岡は引き留めた。
「お前も抱いていけ」
普段は遊び人という役どころである。そのようなセリフが踊り部で飛び出しても不思議ではない。静かに首を横に振ろうとする裕市だったが、周りの芸妓の視線が裕市の肌を逆立てさせた。
(やれやれ・・・)
「ずいぶんとつまらない男だねぇ」そんな言葉が飛び交いって遊郭の女優たちがクスクスと笑い声がする。そんななかでは裕市も少しムキになって、その気味の悪い海の中で近くにいた女に飛び掛かろうとした。すると女は艶やかな長襦袢を使って裕市を吹き飛ばした。「イヤやわぁ」周りの女のクスクスとした笑いが拡がり、ついには遠岡を大口を広げて笑った。
「だめだな・・・そんな力任せじゃあ、女は寄り付かん!」そう言いながら遠岡は自分の刀に梵天で白い粉をつけているポンポンと刀身を叩くいている。
裕市は自分の中から湧き上がる恥を認めたくないために赤らめる頬を必死に手で拭った。コンプライアンスなんてあったものじゃないこの時代の価値観に祐市は憤り、はじめて年上を見下した。
「こんなことして何になるんです」
「強いて言えば野生だな。貴様の中の野生が見たいんだよ」
「僕は役者じゃありません。そんなこと、自分には関係ないので」
「そんなことはない。どういうやつかしらんが、お前はどうやら仕事でここにきているんだろう。だが仕事を仕事として考えている。働けば金が入るとだけ思っている。だから、今の仕事を仕事以上に考えて行動していない。だからつまらない動きしかできない」
「その本質が野生だというんですか?」
「どんなに時代が変わって、人間が文明人を気取っても所詮は動物。弱肉強食の中で自分の子孫を残す。そのしがらみからは逃れられない。その様子だとおまえさん、惚れた相手を食事に誘う勇気もないような小僧だな・・・」
遠岡のニヤリとした表情に祐市には寒気がした。
「ぼくは今は結婚とかそういうことまでは考えていません。この仕事を続けるだけです」
「そうか、未来ではそういう若僧が主流か・・・」
「もう帰っていいですか?」
「そうはいかん。もう少し遊んで行けよ」
「いえ、失礼します・・・」
祐市は元の世界に戻ろうと腕章のスイッチに手を掛けようとした。しかし、一瞬の隙を突いて、遠岡の切っ先が裕市の肩の横を突き抜けた。その間十センチといったところか。現場のスタッフもこれには硬直しながらも神経から鳥肌の反応が返ってくる。裕市もその行為に咄嗟に目をつぶった。だがすぐに悟った。「その刀では僕は斬れない。」裕市はそう応えてもよかった。目を見開いても未だ遠岡は刀を抜いた姿勢のままでこちらを見つめてくる。
しかし、彼の視線の先にいたのは祐市ではなくその後ろで憎悪を燃やす花島の姿であった。
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