第8話 覚醒めた女(八)
今回のお話で参照した資料を後書きに記載します。
参考していただければ幸いです。
(八)
結局、真知子は先生を愛していたのか?理解しがたいところだ。戻ってきてからというもの真知子は三日間眠り続けていた。肉体的にも精神的にも八十路を超えた老体にはアバター体験には負荷がかかる。もしかすれば、ふたたび記憶障害に陥るかもしれない。
祐市の始末書の記載業務はまた増えていた。
「終わったー。」
「お疲れ。もしかして今日もまたいくのか?」
「ええ、東野原真知子がああなったのも僕の責任でもありますから。」
「あんまり無理するなよ。お前にだって同じ負荷がかかっていたんだからな。」
リマスタープロジェクトチーフの仁王との会話もそこそこに祐市は職場を飛びだして東野原真知子の眠る病院へと向かった。病棟には娘のカナが昼夜を通して看病している。
「あっ、祐市さん。」
着替えの支度をするカナは訪れた祐市に対して優しく迎え入れた。母親に対してこのような容態になったにもかかわらず祐市に恨むこともなかった。
「いつもお邪魔して申し訳ないです。」
「いいですよ。お話しを聞いて母はわたしのために元の世界に戻ることを選んでくれた。母はまた帰ってきます。」
カナはそういってしばらく黙り込んだ。
疲れている眠りについた母横目にカナはふと父孝治郎のことを考えていた。急死した孝治郎についてカナはその死に目に立ち会えなかった。くも膜下出血によるものと担当医に聞かされたがとても受け入れることはできなかった。
それ以上に受け止められなかったのは母・真知子であった。アルツハイマーの主原因は解明できないこともあるが、母についてのきっかけはこの時だとカナははっきりと認識している。
カナは祐市から聞き入れた過去への探訪談を聞いて物思いに更けると共に今一度、父に立ち会った母は父への情愛をいまいちど思い返してみた。
カナの前ではよき父でありよき母であったが、母の中には未だに父を踏み潰そうとする怪物が宿っているようにも思える。
「母の夢を潰し母の怪物を育てさせた一因は自分にもあるのかも・・・。」
カナはひとりつぶやく。母としての忙しさに追われて自分のことよりも娘の将来を案じるようになった母。
「あまり自分を責めないほうがいい。好きなときでも嫌いなときでも苦楽をともにして二人はあなたを育てた。それで十分じゃないですか。」
「そうね・・・。目が覚めたとき、たくさんありがとうと言うつもり・・・。」
カナは気丈に振る舞い。それ以降は口を閉ざし腰掛けに座って真知子の手をさすった。祐市はそれを見届けてその場をさった。
カナの話を祐市はチーフの仁王にはなしたとき仁王は少し首を傾げた。
「まるでシュレーディンガーの猫だな。」
もしも、恋愛という物質が存在していたとしてもその分子は我々には見ることができない量子力学と同じである。
「だとすれば真知子という箱には50%の愛憎が存在するということか・・・。」
「人間の感情なんてそんなものさ、彼女は健全だよ。」
仁王は苦笑した。
母は寝顔までも凛々しく微笑んでいるようでもあるが、その腕はシミの多さが際立って見える。
カナは部屋の換気を入れ換えるために窓を開けた。秋風は心地よくカーテンをなびかせて真知子の肌に届く。
「これからはゆっくりしてね。」
誰にも聞こえないことはわかっていながらカナは心に思っていることを口にしていた。
そしてそれから三日後、母はゆっくり目を覚ました。
「おはよう、お母さん。」
-第八話終わり-
最後までお読みいただきありがとうございます。
今回の物語で参照した記事などを以下に記載します。
『家事』に生きる喜び:娘の考えにお母さんが抗議
(朝日新聞1953/8/31掲載)
「百貨店恒例秋の高級呉服染織展」の銀座松屋ほかにて開催
(朝日新聞1953/9/10掲載)
台風23号の通過
(朝日新聞1953/9/25掲載)
『真夜中の愛情』主演:ダニー・ロバン
(フランス映画:監督ロジェ・リシュベ、初公開日: 1953/09/02)
https://eiga.com/movie/66449/
現代に換算すると”イチハチゼロゼロ”「ニコヨン」
https://www.nhk.or.jp/po/zokugo/801.html
次回もお楽しみに。
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