第3話 アイドル忘却化指令(二)
(二)
「面倒なことだな・・・」
プロジェクトの最初の会議でチーフの仁王は最後にそう呟いていた。会議の進め方は淡々としているが、最後にボソッと本音を愚痴っぽく漏らすのがチーフのお決まりだった。こうして中間管理職として思うように仕事ができない自分の苛立ちを陰湿に部下にぶつける。チーフのそうした行為は周りのメンバーにはあまり評判は良くないのだが、今日の裕市にとってなぜか共感を覚えた。
「確かに面倒かもしれない・・・本当にこれでいいのだろうか?」
裕市もそう呟いてみた。そのことが、先のビーガルからの切り取り機能を提案されたきっかけでもある。しかし、その作業を数回繰り返していくうちにその行為が気休めでしかないことを裕市は身に染みて感じてくる。
九本目の番組の現場はRA BEATzがデビューして五周年記念として開催されたコンサートの映像だった。切取作業も手慣れてきたのでどのタイミングでターゲットの赤星聖也が現れるかが分かる。なにぶん背の高い男でもあるので舞台に上がってくるときは決まって向かって右端にポジションをとるので画面右側に集中すればいい。
上空よりビーガルのアーマーを纏った裕市が手をかざすとそこから放射された光が一人の男を包み、そして次の瞬間、消滅する。裕市にとってその男のファンではないが、何ら恨みがあるわけではない。依頼の一環と言う名目があるので負い目なく行動ができる。ここもまた颯の如く裕市が去ろうとしたとき、舞台ではMC役のリーダーの三条の進行が進んでいった。ただしビーガルが関わったことで、これまでと異なる箇所が散在している。
「俺たちも五年間、この5人で一緒にやってきて苦労したこともあったけど・・・。」
「やっぱりこの5人だよね。」
「これからもこの5人で頑張って行こうよ。」
「そうだね。」
RA BEATzは最終的に赤星が脱退して5人組になった。しかしそれは末期にとあるスキャンダルを起こしたことによるものである。デビュー五周年記念と題したこのライブでは赤星聖也を含め6人組であった。そのことは庄野裕市も記憶している。周りの同級生も徐々に年ごろに差し掛かる時期だったので流行に疎い裕市にもグループの基本的な情報ぐらいは覚えている。裕市にとってもこの時期に5人組となっていることに違和感を覚えるが、不思議なことにこの編集後の世界の人物たちはまるで結成時から赤星聖也という男は存在しなかったように扱われている。
ビーガルの映像を切り取る機能には映像に掛かる残留思念さえも消し去る能力があるというのか。
裕市はときにビーガルを一種の機械・ロボットのような行動をとる存在と考える。そうなると搬送波生命体のことがますます解らなくなる。ライブリマスタープロジェクトの事案を何度か経験するうちに映像作品には信号の記録媒体としてではなく、そこに漂う残留思念も考慮する必要があるのではと裕市は感じていた。
とはいえ、オペレーターの裕市としてはそこを探求する意欲が乏しかった。先日のラボで研究員の三崎にこのことを打ち明けてもいいかもしれないが、偏屈な男に説明するとそのニュアンスが変わってしまいそうなのでもう少し自分の心中に留めることにした。
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