第8話 覚醒めた女(五)
(五)
日をあらためて真知子はふたたび桐島と遭う約束をした。その当日はめずらしく母のタエは支度を手伝い髪も整えてくれた。
当時の流行りのコロールというフランス発の髪型だとタエはいう。ファッションに疎い真知子はとりあえず髪型を任せて同時進行でメイクをひいた。
未来からきた真知子にとってはその古めかしい髪型に当初は苦笑したが、ショートの髪型がまとめられて案外動きやすく懐かしさもあって髪が整った頃にはすでに気に入っていた。
「行ってきまーす。」
当時の記憶をなぞって初めて気づくことがある。初めてタクシー、初めての電車。どれも当時は初めてひとりで乗るものばかりだ。銀座の時計の見えるビルで待ち合わせ。次の角を曲がった先に彼がいる。
そのはずだったが、いたのは祐市だった。
「ずいぶん長いことこの世界を堪能しているみたいじゃないですか。」
「曖昧じゃ嫌だからしっかり当時の記憶をたどっているのよ。」
つまらない表情のまま真知子が視線を辺りに向けると交差点の向かい側に細身の背広姿の男が手を振っている。真知子が会う約束をしていた男だ。祐市もその姿を確認した。人混みでも目立つ長身な上に手を振るから余計に目立っている。
「あれが桐島先生?」
「そうよ。」
「なら、答えは出ているじゃないか。もう戻りましょうか。」
「でも・・・もう少しここにいます。」
「えっ。」
「なんか・・・やり直せそうだから。」
祐市は頭をかかえた。記憶が戻ったといえどもここは再現された過去の世界だ。真知子がいくら足掻いたところで世界も真知子の人生も変わることはない。
「彼は?」桐島は真っ先に真知子に尋ねた。
「ううん。単なる知り合いよ。」
祐市は軽く会釈をした。桐島も同じ仕草で返したが、少し不機嫌そうだ。その理由は祐市にはわからない。
「じゃあ好きにすればいい。」
祐市はふてくされた表情でその場を後にした。真知子はその後ろ姿に笑みを浮かべつつ見送る。桐島はまだ苦い表情を浮かべる。
このときの銀座松屋の催事場には大手百貨店共同で開催される恒例の『秋の高級呉服染織展』の真っただ中だ。
真知子は過去の自分を思いだし夢に燃えていた。これから先をかえりみて自分はなんと平凡な人生だったのだろうと自分の未来を憂いてばかりだ。二度目の人生を変えたい!
真知子は再び与えられた青春にかけていた。
真知子は婦人たちのひとごみをかいくぐり小脇にできるだけの生地を抱えこんで出てきた。そのときには整えたコロールが崩れていようと気にしてはならない。真知子は若さと子供のころから木登りで鍛えた体力を存分に発揮した。
桐島は真知子をみて笑いをこらえず噴きだした。
正午を過ぎて、二人は近くのカフェでランチを済ませてから桐島のたのみで映画館へと足を運んだ。『真夜中の愛情』というロジェ=リシュベ主演のフランス映画だ。
正直、真知子には退屈な時間になると予見した。映画というものが2時間も座席に拘束されるようなものでそもそも自分には性にあわない。
自分のたのみごとを聴いてくれた桐島の希望だからこそ付き添ったようなものだ。
映画はロマンスものだったが、主人公の役が洋裁店の娘役なことに真知子は少し興味を覚えた。そこからは話しもわかりやすいものだったので意外にも寝落ちすることなく完走した。
帰りの銀座線で真知子と桐島は映画のことについて語り合った。ロマンスの相手役であるアメリカ人の男は実はニセ札づくりの犯人であったこと。しかし、主人公にたいしては嘘をつかなかったこと・・・。
「もし僕がなにか重要な秘密を隠していたとしたら?」
「そんなこと気にしませんわ。私は恋愛結婚よりも夢を追いかけたいのですもの。」
「夢ね・・・。」
「桐島さんにも作家としての夢があるのでしょ。でしたら・・・。」
「真知子さん。これから僕たちは夢から現実に向き合っていかなければならない。その中で果たせないことだったある。それにしっかり向き合っていくことも必要なんだ。」
それ以降の桐島の言葉数が少なくなっていたことを真知子は気にもとめなかった。銀座線は家族づれや学生友達などで溢れていて賑わいを見せる。休日だからこそではあるが、来週には東京にも大型台風が直撃する恐れがあることから事前に買い出しに来る人も多かった。
「桐島さんについて何かわかりましたか?」
祐市は問いかける。
「そうね・・・」
夏ににつかわしくない寒気が真知子の頬を冷やす。過去の青春にもどり舞いあがっていたが、思えばここで運命を変える抵抗をしたからといってそれはただの記憶の改ざんにすぎない。桐島が語った現実という言葉がやけに心を突き刺す。
「もう少し、もう少しだけここにいさせて・・・。」
「わかりました。必要なデータはとったので僕はいったん戻ります。また改めて迎えにいきますから。」
「うん、ごめんね。」
祐市は呆れたため息をついたままこの世界のログインを解除した。
現実世界に戻り作業遅延に際しての始末書を作成するなかで、祐市は桐島という男が作家であることを思い出した。
(名の知れた人なら検索できるか・・・。)
祐市はスマホを手にとって時間を潰した。そして真実を知り、けだるい体勢で天をあおいだ。
「な~んだ、簡単な答えじゃないか。」
今回も最後までお読みいただきありがとうございます。
次回もお楽しみに。
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