第8話 覚醒めた女(四)
(四)
代助は「少し時間が欲しい」とその日ははぐらかした。代助は編集部通じて一人のツテを用意した。それが桐島という男だ。彼は度会郁代の義兄でもある。
翌日、最寄りの駅の喫茶店で代助と真知子は男がくるのを待った。窓の外には相場が下がったことを聞きつけてヤミ米を求めた人々の行列が目立った。真知子は行列の人数を数えて時間を潰した。
「こんにちは。」
朗らかな男の声ともに一人の長身の男が入ってきた。
「おお、先生きたか。」
「相馬さんやめてくださいよ。僕はまだデビューもしていないんですから。」
桐島と父のやりとりに真知子は苦笑した。そして改めて代助から桐島の紹介がされた。桐島は日々の取材に疲れているようだった。しかし、彼のピシッとしたスーツ姿を見て毎日のヤミ米の相場の現場に出向いているようには思えない不思議な気持ちがあった。では彼の疲れとは何か?
「お父様の話していたとおりで元気のいい方だ。」
「それはどうも。」
真知子は当時の女性のイメージとはかけ離れたお転婆な桐島の評価を誉められたものとして応えた。父である代助は表情に出さないが、その場の水を飲み干して喉を潤した。
「私は用があるからこれで、ここの会計は済ませておくよ。」
「相馬さん、そんな・・・。」
「いいのだよ、今日くらい。」
そう言って代助は足早に立ち去った。真知子は休日、暇をもて余す父にどんな用があったのかが気になっていてこの空間が男女ふたりだけということを特別考えてもいなかった。
(とにかく、度会先生へと近づく道ができた。)
真知子の想いはその事でいっぱいだった。しかし、目の前にいるのは当人の義兄。話を聞けば義妹とは嫁いで以来、仕事も忙しくあまり会う機会がないという。
弟子入りするとなれば師匠の家の玄関前で正座をして出てきたところを頼み込むのが主流だろうが、板前や男優スタアと違い女性キルト作家にはどのようにアプローチするのかがわからない。
いきおいでここまで来たが、実際、真知子には何も持ち合わせていないことに気づいてしまった。
「度会先生のキルトのファンで弟子になりたいのですが、こんな押しかけでは断られてしまいますよね。」
桐島は少し弱気でうつむく真知子を見て「ハハハッ。」と途端に笑いだした。
「そんなことないですよ。妹の郁代も少し勝ち気なところがありますから。」
「でも・・・。」
「何もなければ真知子さんのキルト作品を作ればいい。」
「それが、見合うキルト生地がなかなか仕入れられないものですから。」
「勝ち気なお嬢さんがそんな弱気では困りますね。では、これから銀座までお出になられてみてはいかがですか?僕も手伝います。」
桐島の提案に真知子は応じた。考えてみれば、これまでの人生で自分が作るものの材料は家の人が用意してくれたものばかりであった。
自分で材料を購入して、自分で形づくったものを誰かに提供する。そんな基本的な営みを真知子はまだまだ自覚しきっていない。
たがらこそ、真知子は桐島に頼りにした。
「でも、桐島さんもお忙しいのでは。」
「これも取材の一環でね。今は新聞記者ではあるが、本当は小説家志望でね。ドロドロした政治の中枢ばかりではなく、ごくありふれた街の様子を描写することもある。何もかもが夢へつながる刺激になりますから。」
「そうですか・・・面白い感性をお持ちですね。」
二人は重ねて笑った。
今回も最後までお読みいただきありがとうございます。
次回もお楽しみに。
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