第8話 覚醒めた女(一)
今回のお話のSF考証で参照した資料を後書きに記載します。
参考していただければ幸いです。
(一)
いつからか開いていた窓から流れてくるそよ風に乗って母・真知子は目を覚ました。家具の配置が変わり少し不馴れな感覚を覚えたが、夜の寝苦しさから解放するために寝巻きから着替える。少しダボついた服に違和感を抱いた頃にタンスの反対側の襖が開いた。
「あっ、お目覚めでしたか・・・。」
「あら、カナさん帰っていたのね。今日は修平さんと一緒じゃないの?」
「あっ、そうね・・・。そのことはまた改めて話すわ。」
そう言ってカナはリビングへ向かった。母への朝食の支度を済ませたあと買い物へ出掛けるのだという。本当は自分がいつものように自分が作りたいところだが、起きたばかりだというのに全身に力が入らない。
「仕方ないわ。」
母は呟いた。洗面台で支度を整えリビングに向かうと既にトーストとスクランブルエッグにサラダ、そしてコーヒーが用意されていた。この間教えた味噌汁ではないことに落胆したが味は悪くない。むしろ体調の優れない今の自分にはちょうどよい程だ。母は娘に安堵しつつも、どうにもカナの白髪が気になってしまう。
「じゃあ、私は買い物にいってきますから留守はお願いします。」
「修平さん今日は早く帰ってきますか?私もこれから桐島先生にお電話しないと。それから夕飯の支度から私がします。」
「そっ、そうですね。じゃあお願いしようかしら。」
カナは戸惑いつつも笑顔を崩さずその場をあとにした。母もついぞ笑顔だった。
朝食を済ませた後にカナは片道30分かけて県内随一の国立病院の精神科に向かった。
「そうですか。経過は良好のようですね。」
「急に修平の話を聞かれるのは戸惑います。」
「ハハハ、仕方ないですよ。入院の間のことはまだ覚えてないのですから。ご離婚のことはあとで説明されて構いませんよ。それで記憶に支障をきたすことはあませんよ。」
「でもこうした形での療法ははじめてなので毎回これでいいのかなと・・・。」
「我々が今回、カナさんから映像提供された素材でお母様の記憶を呼び覚ます治療を行っています。催眠術でもましてや脳を切り開くものでもない。自然治癒に近いものです。安心してください。」
心療内科の三輪は二度ほど優しく頷いた。カナがそれに毎回ホッと落ち着く心地を持つ。
世界初となったVRを介したアルツハイマー療法でも施術を受け入れたのは三輪の人柄に依るところが大きい。それでも治療初日の光景はカナ母娘にとって戸惑うものであった。見ず知らずの医者でもないスコーピストと言う会社のVR技士が数人で真っ白なスポンジが壁一面に敷き詰められた個室に母は案内され専用のゴーグルをあてられる。もちろん、母の抵抗は物凄いものでその場にいた職員を「恥知らず」だの「ケダモノども」だの普段使わない言葉遣いでカナでさえ驚くほどだったが、それにも疲れると大人しくなり指定した案内に従った。
治療は映像を順次たどる形をとり都度、睡眠をとりながら総じて2ヶ月を要した。その後目を覚ました母の表情は瑞々しさを取り戻していた。
「あら、カナさん起きていたのね。おはよう。」
カナには自分のことを覚えているその事が何より嬉しかった。
それでもカナには気になることがあった。母が話した「桐島先生」という存在である。叔母の勧めで日舞を嗜んでいた母ではあるが、専ら鑑賞に出向くぐらいで自ら稽古をしていたということはない。自分の学生時代の担任の先生でもない。母はそのときに誰と会うつもりだったのだろうか?と三輪医師の話をよそにカナは気にしてしまう。
「それなら探ってみるか。」
最後までお読みいただきありがとうございます。
今回の参照記事を以下に記載します。
キャンパスベンチャーグランプリ全国大会、事業化に向け前進
(日刊工業新聞2020/2/18掲載)
https://www.nikkan.co.jp/articles/view/548417
認知症の予防も見込める、アロマオイルの効果と使い方|認知症のコラム
https://www.sagasix.jp/column/dementia/aroma/
次回もお楽しみに。
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