第7話 AR(拡張現実)島への挑戦!!(十)
今回のお話のSF考証で参照した資料を後書きに記載します。
参考していただければ幸いです。
(十)
巨人を蘇らせるために各機関は動き出した。島の至る所に凝固剤散布用のドローンを発進させてその散布を発動しあたりは霧に包まれた。もはやそのワクチンでは痺れすら感じない怪物たちにはドローンの細かなプロペラ音が気になるため威嚇ついでにその機体を振り払い数機が墜落した。それでも散布は島の土壌を再生し枯れた河川が一部ではあるが流れはじめた。
次に大杉は島に点在してあるARモニターに通信をかけて一定の磁場を与えた。スピントロニクス理論に基づくこの磁場は島の地面に直接向けられている。のちに半導体となるその地質を活用して島自体を巨大な基盤とすることが狙いだ。
宮下は自身の持ち込んだノートPCを使ってケーブルを繋ぎその基盤へのアクセスを試みた。彼の接続先には見慣れないデバイスネームが入っていた。恐れを失った宮下にとってそのアクセスに戸惑いはなかった。そのディスプレイにはすでに1万を超えるファイルが存在して現在もその情報を順次増やし続けていた。そこにはかつての島民が生活や島内の自然を映した記録映像が鮮明に記録されていた。中には本部内のPCでは処理しきれない波形を残したファイルもある。
「これはこの島の記憶か?」
「いや、あの巨人の記憶かもな・・・。」
職員は一同驚愕していたが、宮下には予測していたことでもありすでに興味を失っていた。
「後は任せる。」
そう言って、宮下はその業務を桃山に任せてその場を離れた。この場で自分のすべきことを終えたいま、彼の興味はそこにはなかった。
宮下が向かった先には庄野祐市が真田とともにリマスターパーツの調整を行なっていた。オペレーションチームが避難した中、スコーピストで残っていた社員はチーフの仁王と志願して残った真田だけであった。
「やっぱり・・・庄野さんは知っていたんですね。」
宮下はスコーピストのエリアに入る手前で真田の一言を聞いて足を止めた。そして脇に身を隠して聞き耳を立てた。宮下が疑問としていたことを真田が代弁していたからだ。
真田はリマスターパーツを見つめて確信をしていた。八尾須美島に突如として現れた怪物に対する冷静な言動。樅乃山の戻った際、即座にリマスターパーツの起動を懇願したこと。そして、島の中心で怪物と対峙した漆黒の巨人の鎧がリマスターパーツと酷似していたこと。すべてを整理して辻褄を合わせるとその結論しか結びつかない。
祐市は真田の問いかけで作業の手を止めた。その間沈黙が続く・・・。
「彼の名はビーガル・・・。彼は自分のことを搬送波生命体と言っていた。彼は記録媒体で発生するサビやカビといった劣化要因からその記録媒体を守るために戦っている精霊といったところかな。この鎧は彼にとっては依り代にすぎない。」
「庄野さん・・・?」
「いずれ言っておきたかったことだ。少しスッキリしたかな。だけど話してもて気づいたよ。僕がこのパーツを纏って知った情報だけではどうすることもできなかった・・・。」
祐市は腕で顔を腕で覆い自分のこれまでの孤独な戦いを軽く笑った。
「奴らがこっちに向かってくるぞ!」
突然、日本藪蚊学会の明日葉の敏感肌がアラートを感じて皆に大声を出して言い回った。室内で作業をしている研究員たちは外の様子が見えないなかったため、明日葉の存在はエスパーのようであった。
確かにサビの侵食は樅乃山の高台にまで及んだ。しかし、八尾須美島という基盤にアクセスできたからと言って巨人復活の方法にはたどり着いてはいない。
「その鎧を起動させるんだ。」
影に隠れていた宮下はここでスッと立ち上がり、祐市が作業するリマスターパーツのもとへ入っていった。
「宮下さん?」
「すべての準備は整ってある。あとはこの機材で島の基盤へアクセスするんだ。搬送波生命体はそこにいる。」
「しかし・・・。」
「戸惑うな。どの研究機関も苦心してこの基盤を形成した。心配する必要はない。」
宮下の言葉に促され祐市は再度リマスターパーツを纏った。宮下とはこれまであまり接点のなかった男だが、彼の説得は雄一をリベンジさせざるを得ない流れを作っていた。
リマスターパーツ内で宮下の指示どおりにアクセスすると再び闇の中に投げ出される。以前と違いそれは延々と土の圧迫を受ける島の地中深くの埋れた世界だ。
「ビーガル!」
「・・・祐市か?」
「お前には武器がある。聖棍を呼び出してそこから脱出するんだ。」
祐市はセコンド役としてビーガルの失われた記憶をサポートする。戦士は戸惑うが従順に祐市の言葉に従ってその腕を突き出すとその武器は召喚された。リヘッドラムカジョルと名付けられたその棍棒は先端の打撃側の部分を回転させることでバリ取りの如くサビやカビを除去できるが、今回はその回転力を生かして周囲の土を振り払った。
まるでドリル戦車のように地面を掘り進んでいくことが可能となったビーガルはついに地上への奪取に成功した。
樅乃山の本部へと劣化の侵食を進めていたサビの怪物は反対側からのビーガルの打撃には無防備だった。その場にいた3体の怪物は瞬く間に聖棍の餌食になった。追撃にきた2体の怪物はビーガルの背後を捉えていたが、感覚を研ぎ澄ませていたビーガルは既にその悪気を捉えて次の一手を即座に振りかぶる態勢をとって一瞬にしてその2体を撃破する。
八尾須美島という基盤を研究機関が取り戻した今となってはこれ以上の闇の増殖は起きなかった。こうなればビーガルの勝利は簡単なことであった。
すべての怪物を打倒して立ち尽くす巨大なビーガルという鎧から搬送波が飛び立ち、鎧はそのまま数種の樹脂、金属として崩れ去った。どれも3Dプリンターで構成された物質であった。
そして廃島再生プロジェクトはしばらくの間凍結となった。今回のプロジェクトによって再現されたこの島の様子は複数の研究機関が競合したことによる暴走化したものであったのだろうか?しかし、ケミテックの宮下、太陽製作研究所の諸角をはじめここに集った誰もが再びこの地へ再会しようと誓いあい別れた。それまではそれぞれの分野で研鑽していこう。祐市の胸にも気持ちを新たにした。
その後、祐市は自社の資材を撤去させるために再びこの島を訪れた。
島内を巡り、岸壁に建てられた墓地の中に一人の男がある墓標に手を合わせている様子が目に止まった。祐市が近づいてみるとその男はLAR社の佐野猪一郎であった。祐市は少したじろぎ距離をとって目を逸らした。
「小暮宗一郎之墓・・・。」
沈黙を破って祐市は墓石に刻まれた文字をそのまま読み上げた。
「少々粗っぽい子だったのですが、根は島を愛する優しい子だったんです。」
のちに祐市はLAR社の佐野代表の経歴を調べてみて元八尾須美町の町長であることがわかり、このプロジェクトがかつて自分が発展のために進めた開発計画が島の汚染する結果となった事の贖罪が内在していることを感じていた。
「この島の発展のためと思い始めた事業でしたが、やはりこの島の住人たちの怒りは続いていたんですね。」
今回、島に記録された微かな残留思念からこの亡き少年を依り代に馬暮紘一が復讐鬼として産み出されたのだろうか?馬暮紘一とは一体何か?ビーガルと同じ搬送波生命体なのではないか?何が目的なのか?帰りの船のなかで祐市の推測もまた未だに続いていく・・・。
八尾須美島は再び無人となった。島内には未だいくつかのぬかるみが存在する。その一つは再起した河川の水流に押されて下流へと向かう。そして、そのまま泥の形状を変化させずに海の中へと消えていった。
泥の表層には陽にさらされてやや錆び付いたような鈍色を纏っていた。それがやがて世界を破滅させる前兆であることは誰にも知る由もない。
-第七話終わり-
最後までお読みいただきありがとうございます。
今回の参照記事を以下に記載します。
技術で未来拓く・産総研の挑戦(112)スピントロニクス技術
(日刊工業新聞2020/2/6掲載)
https://www.nikkan.co.jp/articles/view/00547074
半導体製造プロセスにおける有機物汚染
https://www.scas.co.jp/scas-news/sn-back-issues/pdf/07/frontier_7.pdf
次回もお楽しみに。
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