第7話 AR(拡張現実)島への挑戦!!(二)
今回のお話のSF考証で参照した資料を後書きに記載します。
参考していただければ幸いです。
(二)
島全体にサイレンが流れると辺りは幻想的な霧に包まれた。島に点在してあるVRスクリーン装置の下部に取り付けられているホログラフィ投影用の噴霧装置によって発生させたものだ。プロジェクトは遂に稼働した。この島を散策していた裕市がふと目にした小石が少しずつ大きくそして崖の上に移動して削られる以前の状態に戻っていく。気象モデリングシステムGRFAの活用によって当時の気候が再現されていくのと同時にこの島の形態もまた時代に逆行しようとしている。
「庄野さん。見てくださいよあれ。」
真田が指差した先には七つ葉のクローバーや羽を白くさせたゴキブリなどこれまでにない生物の品種が散見された。
「どうやら、様々な研究機関が動き出したようだね。」
この島の再生は単に時間を巻き戻すことが目的ではない。SDGsの一環としてより良い社会環境を根ざして様々な研究機関が取り組みを開始している。しかしその清らかな取り組みは様々な歪みも内在している。例えば今回の研究団の中には日本薮蚊学会がある。彼らは痒み成分を分泌しない種の研究を進めている。改良された品種を散布し様々に交配されることで世界から蚊による痒みをなくす研究だ。
日本薮蚊学会には某環境保護団体が出資している。その環境保護団体の事務総長は長年、虫刺されによる痒みに悩まされていた。長年、人類の横暴によって地球の生態系を乱すことを許さないと訴えてきたこの団体の事務総長の今回の決断に団体内からも疑問の声が出ている。ここもまた人間のエゴもまた見え隠れするカオスの島なのだ。
回想現象を起こす島全体の補正にはバイオ3Dプリンターを用いる。劣化した地質を繋ぎ止めるためケミテック社が研究を進めていた導電性接着ペーストを各スタンドから散布している。出資したLAR社の佐野猪一郎がここまでこの島の投資に熱心なのは以前、この島より採掘されていたとされる有機物質にある。新型半導体のパーツを生成するこの有機体の複製が日本経済復活の切り札になるというのが狙いだ。
「平に頼む。」と老齢な佐野は繰り返すが、大手企業であるはずのLAR社は初期投資以降、プロジェクトがスタートした今のいままで予定していた予算の半分ほどしか追加で出資していない。そのことが各研究機関の足並みを乱していた。
有機物質生成に必要な微生物の研究を進める太陽製作研究所もその思惑に振り回されている。研究員の梶間は焦っていた。
「梶間、終了だ。ここを離れるぞ。」
「ちょっと待ってください。散布した微生物を定着するのにもう少し時間を・・・。」
「だが、ここでの使用時間は限られている。ここは我々の所有地ではないんだ。」
「でもケミテックは同じ研究施設を15時間も多く利用しているじゃないですか。」
「あっちは島の生成維持も兼ねているんだ。電子用ペーストRH22-GZ8sには次世代3Dプリントとして出資している企業も多い。」
「結局はおカネですか。宮下社長のプレゼンはさすがですけど、僕はあの俺様ぶりは好きにはなれませんね。」
梶間の吐露に周りの研究員は苦笑した。それを見て太陽製作研究所の研究局長である諸角はこの隊の士気を不安視して頭をかく。
「僻むなよ。なら俺たちは実績で名をあげていこう。この菌種がこの土壌に定着すれば実用的な半導体を数多く採取できる。話題にもなるさ。」
「そうでしょうか?この菌種だってそれほど多く培養できたわけではないんですよ。」
「それだって、いずれ話題になればスポンサーもついて培養資金だって・・・。」
「結局はカネの話ですか。」
「・・・そうだな。」
研究助手の梶間は言葉の説得さのない諸角にため息をついて仕事の手を止めた。ケミテックの社長である宮下と違い局長の気は小さい。梶間はそれに苛立ちを覚えつつ彼のもとでもう3年も研究員を続けている。それもまた性に合うのだろうと言い聞かせていた。
こうして諸角達のチームが戻る準備を進める中で、一つの影が彼らを標的として目を光らせる・・・。
一方で祐市たちもまた島の身辺調査を終えて帰路についていた。そこでは当時の島民ともすれ違う。彼らは霧に映し出されたホログラフィーであるが、濃霧によって抽象化されることでより当時の面影を思い起こさせる説得力は充分であった。人々は擦れた服装をして小飼の山羊を引いている。裕市はその姿を目で追った。爪先のひとつ取ってみてもノイズすらない。それどころか慣れ親しんだ感覚を覚える。それは今までリマスター作業によって訪れた過去の世界の様子だ。「ここはフィルムの中か?」誰もいない道で独り呟く。
「違うよ。」
突然誰かがそう答えた。「!」あわてて裕市は周囲を見渡す。すると自分が進行する道の先に人影がみえる。格好から見て18歳ほどの少女だ。あの子が答えたのだろうとすぐに分かったが、自分の呟きが20メートルほど先にいるあの子に聞こえるのかという疑問は残る。逆光に照らされてうかがい知ることができないから少しずつ近付こうと思っていたところ、少女の方から駆け寄ってきた。その表情はこの島に降り注ぐ木漏れ日のような微笑みを含ませている。
それは馬暮紘一の妹、舞だった。まさかと裕市が感じるのは当然である。彼女と出会ったのは現在から20年ほど前の世界である。コンサート会場で出会った兄妹は当時のアイドルを追うのに相応しい学生たちであった。この島の再現世界はそこから60年以上遡る。そんな時代になぜ少女は同じ姿をしているのか?
「兄を止めてほしい。」
少女は通告した。
今回も最後までお読みいただきありがとうございます。
日本IBM、企業向け気象予報サービス拡充 AIで精度向上(日刊工業新聞2019/11/29掲載)
https://www.nikkan.co.jp/articles/view/539948
導電性維持・伸縮性向上の配線材料・接着剤、ナミックスが開発(日刊工業新聞202017/12/21掲載)
https://www.nikkan.co.jp/articles/view/455253
次回もお楽しみに。
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