第6話 秘めたる宙へ (八)
(八)
「しかし、フェルナンドは実に残念な事でしたね。」
「親友の自分としてもそう思います。つまらない夢に気を取られなければ・・・。」
「我々も最善を尽くして猶予をもらった。しかし、これが限界だ。既にロケットには工作員が入っている。せめて最後は彼のアストロノーツとしての名を刻んでおこうという計らいだ。」
間接照明が滔々と灯るホテルの一室で立派な大人が囁くように会話をしている。それは話題の対象であるフェルナンドがよく知る人物だ。彼らは闇に身を潜めるようにある人物の帰りを待っていた。そしてその部屋の扉は開く。
「戻ったようだねE2。早速だが状況を報告してくれ。」
その呼び掛けにE2と呼ばれる影は動かない。
「どうしたE2。フロイトは忙しいんだ。すぐにフェルナンドに対しての活動状況を報告するんだ。」
「フロイトの事はわたしが一番知っているわナルス。」
「どうしたと言うんだ?」
「・・・E2じゃない!」
「そうよナルス。」
「エリーザなんのつもりだ。」
「そうね、わたしもこんなこと、おしまいにしようと思ってね。」
照明がすべて点灯して室内の全景とナルスフロイトが照らし出される。対して部屋の入り口からエリーザと祐市、そしてもう一人のエリーザ=E2が突き出される。E2はその影をビーガルに拘束されて身動きが取れなかった。
「別荘で初めて会った時にはフェルを救って欲しいと懇願したのにこんなことになるとは。」
「それも結局は彼の決断次第ということだよ。彼が大人しく夢を諦めていままで通りの闇稼業に治まればそれですべて解決できたのものを・・・。」
モーリア教授の門下生の中でもナルスはその狂気の遺志を受け継いだ存在である。それゆえに彼の信念は意固地で周りに合わせるような柔軟性は悉く破棄していった。
「親友ならフェルの気持ちまで考えないのか?」
「二つの大国が新しい戦争を起こすかもしれない緊張下にあるんだ。私情に走るなど我々にはあってはならない。」
「やめようエリーザ、君はこれ以上深入りしてはいけないよ。」
フロイトはいつもの優しい口調でなだめる。
「フロイト。本来の役職はA国公使館付の駐在武官・・・つまりはR国へ情報を提供する使者ね。わたしにまで経歴を偽っていたなんて・・・。」
「祖父の代から続けてきた。こういう生き方しか知らないからな。」
フロイトは自分の家系図を思い返して苦笑する。常に秘密裏に活動してきた。モーリア教授など様々な学会を通じて間接的に秘密文書のやり取りを行い冷戦下の二つの大国の緊張を保ってきた。しかし、時の経過と共にフロイトのR国の体力は疲弊していた。
「あの国は資本主義ではない。しかし様々な産業を動かすにはヒト・モノ・カネが重要となる。あのロケットやクローン研究だってそうさ。」
「ナルスの情報の受渡しに教授ではなく直接、駐在武官のあなたが出てくるのをみるにそちらは人員にも苦心しているようね。」
エリーザはこの現状をすべて見通しいているようだった。すでにR国の競争力は衰えを見せはじめ有望な人材が西欧側への独立を進めているという噂も出ているほどだ。この現状はフロイトも知らないはずはなかった。この落とし処を見いだすために不毛な宇宙開発も縮小しはじめている。次の狙いはそれよりは手の伸ばしやすい中東に狙いを定めている。
「だから僕も同じ気持ちだよエリーザ、こんな抗争はもうおしまいにしたいと思っている。」
「そう・・・でも悲しいな、フロイト。同じ気持ちのあなたがわたしを見抜けないなんて。」
フロイトは無言のまま唇を噛んだ。もう一人のE2はまだビーガルの影に押さえ込まれてもがいている。
「そう、それじゃあ、すべておしまいにしてあげますよ!」
そう言ってフロイトは背広の内ポケットにしのばせた拳銃を素早く取り出しその銃口をエリーザに向けた。
「くっ!」
だが、引き金は引けなかった。ビーガルが既にフロイトの影を押さえていたからだ。
「無駄だ、フロイト。この世界では普通の人間では僕たちには通じない。」祐市は答えた。
「化け物め!」
ナルスは誰にも聞こえない声で呟く。すべてはこれで終わりとなる手はずだ。あとはロケットに搭乗する自爆要員をビーガルと共に一掃に向かう。どうにもフィルムの残留思念まで追いかけると面倒なことが次々と掘り出されるようだ。仁王のアドバイスがここで効いてくる状況に祐市は苦笑した。
そう思った次の瞬間、E2の足掻きが遂にビ影の呪縛を振りほどいた。
「おいおい、普通の人間には解除不能じゃなかったのか?」
「どうやら、普通ではないらしい。」
予期せぬ事態は今回も訪れるようで祐市ももう驚くこともない。E2はブツブツと今回の事案の報告をしているようだ。しかし、その間に呼吸する度に煙たいホコリを吸い込んでいるようだ。これが彼女を人ならざる者にたらしめているようだ。命令を忠実に実行することを目的とした彼女が今回の事態を飲み込むにはキャパオーバーだった。その情緒不安定さを“劣化要因“につけ込む隙を与えていた。
今回も最後までお読みいただきありがとうございます。
次回もお楽しみに。
⭐︎⭐︎Android対応アプリトラベルノベルシリーズ配信中⭐︎⭐︎
Google playにて聖千選書き下ろしの自作小説アプリを無料にて配信しています。詳細は下記のアドレスをチェック!
①ちょっとだけMy Way 〜トラベルノベル〜
https://play.google.com/store/apps/details?id=com.travel.mybook3&hl=ja
②霹靂が渡り通る 〜トラベルノベル〜
https://play.google.com/store/apps/details?id=com.travel.trave_nobel&hl=ja
③鎌倉修学小路 〜トラベルノベル〜
https://play.google.com/store/apps/details?id=com.travels.mybook2&hl=ja