第6話 秘めたる宙へ (七)
(七)
「そうですか。せっかくの親友なのにね。」
「ですが、僕にとっても肉親以上に一緒にいる大切な存在を失いたくない。スパイから足を洗ったと言ったところで結局どちらの国からも狙われることになる。」
「諜報員とはいえ、君も友の情は捨てきれないということですね。」
「えっ、いや・・・まぁ・・・。」
そう言ってナルスは相手から顔を逸らした。
「それならいっそのこと、彼の夢の手助けをすると良い。」
「え?」
「アストロノーツとしての彼の全てをトレーナーとして手助けをしてあげて下さい。生物学者の君の検知なら彼を最良のパイロットにすることができるだろう。そうすればA国宇宙局の状況を逐一把握することもできます。多少の人道的なことからは逸脱することにもなるかもしれませんが・・・。」
「フェルでさえも、スパイの材料として利用するということですか?」
「その親友を価値あるものにするのもまた親友のつとめですよ。」
男はそう良いって窮屈そうなタイを緩めた。婚礼の儀の後、天井が高いこの教会の正堂では多少の反響はするもののここにある二人以外誰もそれを聞くものはいない。
時は過ぎ、フェルナンドは宣言通りに宇宙飛行士となった。
彼が棺と揶揄するロケットの中で十字を切る一方で祐市は先日、戦場となったレセプションの会場に残っていた。独り佇みながらある女性が訪れる事を予期していた。そしてその人はやって来た。映像のなかと同じ微笑む姿が印象的だった。エリーザである。
「そうですか…行方不明の旦那さんが…。」
「大学時代の友人から話を聞いて、まさかと思いました。フェルを殺そうとするなんて。」
「あなただってナルスと共謀してフェルナンドを追い詰めようとしていたのでは?」
「わたしはそんなことしていません。彼らとは結婚式以降は一度も・・・。」
そう言いかけて、エリーザの眼は更に見開いた。かと思えば咄嗟にその眼を伏した事を祐市は見逃さなかった。
「あなたは知っていたのですね。自分のクローンがいることを・・・。」
「ええ、それがわたしをモーリア教授の門下で大学に通うことのできる条件でした。」
どうも亡き教授は斬新な学会発表を次々と打ちだす一方、様々な危ない橋を渡る契約を結んでいたらしい。クローン研究もその一つで自国Aでは人道的に禁止されているこの研究を他国Rに依頼する事も辞さないやり方だったらしい。この時代ではせいぜいマウスのクローンの生成を報じるぐらいだったが、裏世界ではその30年先を見越した実用が行われている。もともとは冷戦下の代理戦争で傷ついた兵士の傷口を塞ぐ目的で被検体の瞳や皮膚など部分的なクローンが生成される。文字通り挿木=クローンのような役割を果たしていた。
都市伝説のような話のようだが、机上の空論ではなくもう一人のエリーザの存在がその証明である。裏世界のやりとりは独特の伝達方法が用いられるという。そのカムフラージュとしてエリーザはみたこともない言葉の便箋でのやり取りを眼にしている。
(ピサォウル語か・・・。)
冷戦時代のこのやり取りは様々な方面でも利用され工業技術や医療、軍事においても情報の密かなる流通が行われた。エリーザがフェルたちと出会ったのもその頃でお互いその背景も知らない学友となった。
「じゃあ、あなたはこの言葉はまったく知らなかったのですか。」祐市は何気なしにエリーザに尋ねた。
「知らなかった・・・と言えば嘘になるかな。」
祐市は教授の助手を勤める彼女がいつしかピサォウル語を読めるようになっていったのかと思っていた。しかし真相は少し異なる。教授すら読み解けない暗号とも言えるこの言葉について、大学卒業前にエリーザはフェルと話す機会があった。
「そう・・・宇宙飛行士に・・・。」
「だから、これからはいままで以上に人と会うことも制限される生活が強いられる。君とももう会うことはないだろう。」
「それならひとつ聞いておきたいことがあるんだけど。」
「教授の部屋であなたとナルスが書いている論文ってどこの国の言葉なの?」
フェルはエリーザの問いかけに頭をかいていた手を止めた。それを見てエリーザはハッと我に帰った。
「あっ、何でもない。だってあのおかしな教授の事だもんね。何をしていても・・・。」
そう言いかけたところで、フェルナンドは黒板に向かってチョークを叩くように三行に渡って書きなぐった。あの言葉だ。
「これは僕らの母国語なんだ。とはいっても物心ついたときには母国は国のテイを成してなくて数ヵ国同時に大国に統合された時だから周りの人間同士言葉が通じないのは当たり前だった。だから僕たちの言葉に価値があるとこなんて気づかなかった。」
ピサォウル語は使い手の少なさだけでなく利便性の悪さが廃れる原因でもあった。先にフェルが黒板に書き記した三行の文面で『ありがとう』と意味すると説明されてエリーザは苦笑した。
「でも、どうして?あなた達の言葉は諜報活動に必要なんでしょ?言葉の意味をわたしに教えていいの?」
「いや、もうこんなことは終いだ。」
「終い?」
「あぁ、僕らは最初から生き甲斐を知らない生き方しかなかった。だけど、ここに来て君のように純粋に勉学に励んでいる人もいて、なんか生きる意味が見えてきた気がしたんだ。」
「生きる意味か・・・。」
「だから、エリーザには『ありがとう』って言いたかったかも。」
エリーザの回想を探り、彼女とフェルには屈託のない学友であることが窺えた。幼少から歪んだ環境を共にしたナルスとは異なるものである。だからこそ祐市には更なる疑念が沸いていた。
フェルナンドが唯一心を開こうとしたエリーザが愛したフロイトから狙われたとすれば、フェルの心境はどう思うのだろう。
そう考えた次の瞬間、「ゴゴーッ!」という妙な振動を祐市は背中に受け止めた。凄まじさよりも気味の悪さを感じここにいた二人はすぐさま会場の外へと向かった。
それは錆び付いた鈍色混じりの爆発が広がり時間は止まったようなフレームとなっていた。
「まさか、ロケットの爆発はもっと後の事だぞ。」とビーガルでさえも祐市への問いかけは驚きを隠せない。
「やはり、フェル自身の心の乱れに劣化要因が呼応したんだ。」
「君が言っていたフィルムに残る残留思念のことか。」
「そうだな…ビーガル、時間を少し戻そう。今度こそフェルを救わないとな。」
爆炎の拡がりが続くなか、祐市の拳は震えていた。
今回も最後までお読みいただきありがとうございます。
次回もお楽しみに。
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