第6話 秘めたる宙へ (六)
(六)
リマスター作業を終えたが祐市はその場からしばらく出てこない。最近の祐市のリズムなのでオペレーターの宝生明帆や山本秀生も呆れつつ承知している。リマスターパーツで顔を覆われながら尚も目を閉じてこれまでの概要を整理する。幼なじみである宇宙飛行士とそれを支えるトレーナー。その関係は僕たちの知る純真なものでなく異様な関係性にある様だ。天才同士が紡ぎ上げてきた最も機能的な関係構築なのだろうか。それともこのフィルムに救う錆つきの影響だろうか。
頭を抱えて考えても理解に苦しむだけで拉致が開かない。ふと仰ぎ見ると試写室のライトがついている。誰かが、アーカイブ視聴をしているのか。祐市は気分転換を求めてその扉をこじ開けた。
オペレーションルームの隣では修復したフィルムを確認できる小さな試写室が存在する。今回、依頼の品の完成はまだまだ先の話だが、室内にはある映像が映し出される。モノクロで画質の粗いものであるが何か大学の講義の場面だ。今では当たり前であるサテライト授業も1960年代では粗末なもので教授の細かな文面が潰れて読み取ることができない。
アーカイブセクションの係長・河野浩昌はその室内で退屈そうにしている。映画通の彼ではあるが、物語の起伏のない映像には流石に感情移入ができない様だ。一方でその授業を受ける優等生の如く目を輝かせる存在があった。
「おいおい、君はまだいるのかい?」
「あっ、すみません。でも資料が欲しいって頼んだのは庄野さんですよ。」
真田の存在のしつこさに呆れつつも祐市はふと映し出された映像を目にする。そして画面に映し出された教授の助手をしている女性に目を奪われた。
(同じだ。あのラボでフェルの隣にいた人と・・・。)
ひとつ違うことといえば、ここで助手をしている女性は常に笑顔が絶えないことだろうか。ざらついた映像でありながらどうにもそのひとに目がいってしまう。フェルやナルスの側にいた人とはまるで違う。だが、この似通った女性の容姿が今回の事例の鍵を握っているように思えて祐市は苦笑した。
「まったく、君はご都合主義の塊のようなヤツだな。」
「えっ?」
真田に疑問符がつくのも無理はない。だが彼の用意した資料は祐市の疲れを一瞬で吹き飛ばす気にさせた。「直ぐにでもリマスター処理を再開させよう。」勢いづく祐市をみて仁王はいつの間にか試写室の出口をふさいだ。「クールダウンも必要なときだ。」
そう言って仁王は祐市に向けて一冊のノートを投げつけた。今度は祐市が疑問に思った。
「こういう時はそういう記録簿でまとめるといい。最後に役立つのは自分が記録したものだけだから。」
興奮がおさまらない祐市にはまだ理解できなかったが、自分の身体が思った以上にオーバーヒートしているように感じた。
「少し休むか・・・。」
休憩室に向かった祐市はそのままソファに横たわりポンとノートをローテーブルに広げた。ノートは薄暗い部屋に白く目立ち祐市はそれを見つめる。そして数分間それを見つめてその空白を埋めたくなっていた。
ノートに書き納めた内容を上から眺めていく。フェルはなぜもうナルスと会うことがないと言ったのか?ピサォウル語の使い手である以上、母国を失った二人はそれを武器にして世を渡り歩いてきたことは間違いない。
次に映像記録に向かったときにはロケットは打ち上げる秒読みが開始されていた。自分の命を狙うものがいる。船内で十字を切りながらフェルナンドの胸にその起点を探っていた。
恐らくはあの教会でチャペルがなる頃、恩師であった教授のモーリアが亡くなった後、助手であったエリーザは教授の紹介で知り合ったフロイトと永遠を誓い幸せの絶頂にいた。フェルもナルスも身内の事のように参列してそれを祝福した。エリーザは祐市が見たサテライト講義の映像のように笑顔が絶えない眩しさを放っていた。
ひと通りの祭事を済ませたあとフェルナンドはナルスを教会の脇に呼びつけた。
「何だって!やめるつもりか?」
ナルスから笑みが消える。
「あぁ、幼い頃の僕たちはカネもアテもなかった。だからこれまで危ない橋を渡る事もしてきた。だが、もう僕たちはこうして生き抜くなかでおカネだけでなく色々な知識を得た。そしてわかったはずだ。僕たちはその知識でもっとチャレンジするべきだと。」
「たがら、宇宙飛行士になりたいと?」
「宇宙局で知り合いのデビィから打診があってさ、今度体力テストが実施されるから僕はそれを受けようと思うんだ。」
「デビィは僕らの事を知らないからそう言うんだ。俺たちのスパイ行為に荷担している存在である以上、僕らはモーリア教授の指示に従うしかない。」
「しかし、教授はもういない。僕たちに依頼する者なんて・・・。」
「いるよ。危ない橋を渡り始めた時からもう橋を降りることはできない。」
そう言って、ナルスは教会の取り巻きをみた。フェルもその視線を追うと麗しき新郎新婦が列席者たちと会話が弾んでいた。エリーザはフェルたちに気づいてにこやかに手を伸ばす。
「二人ともこっちに来なよ。フロイト、挨拶がまだだったよね。」
そう言われて新郎のフロイトは僕たちに向けて会釈をした。「アイツだ!」船内でフェルはカッと目を見開いた。あの時、レセプション会場で自分の命を狙おうとしていたものその奥にいて殺害を手引きした黒幕の姿とフロイトの姿が一致した。
今回も最後までお読みいただきありがとうございます。
次回もお楽しみに。
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