第3話 アイドル忘却化指令(序)
改装記ライブリマスター 第三話
(序)
リマスタープロジェクトメンバーである三崎のラボにはおびただしい数のモニターが鎮座していた。このプロジェクトで修復された映像をブラッシュアップして、再表示されたもの、その映像をかつて修復した際の裕市の脳波の波形、ライブリマスターのプロテクトアーマーの摩耗状況など、どれもこのプロジェクトには必要とされるものではあるが、専門知識がない裕市にとって興味を持てるものはない。
それでも、裕市と三崎は一つのモニターに注目していた。俯瞰で映し出されたそのモニターの中央に朱々と熱を帯びていた。裕市自身が作業を行っている際のサーモグラフィーらしい。その熱の周りには無数の線が飛び交っている。その線は天気予報の風力図のように大小のつむじを描きながらあるものはその熱に向かい、またあるものは離れていく。
「搬送波の流れだよ。」
三崎は不敵な笑みを浮かべた。そうした仕草を含めて裕市はこの空間が苦手だった。三崎自身も裕市という若者に興味があるわけではなく機械的な仕事仲間という間柄でいた。しかし、この日は三崎の方から直接呼び出された。こんなことは恐らく初めてのことである。最前線で映像を取扱い立場でありながら基本的な知識以外は深く仕事に関わっていない裕市にとってマニアックな掘り下げで会話されても困るので、この室内でも必要最低限の会話しかいなかった。そのことは三崎もわかっているようで聞きたい質問以外の雑談は一切ない。
注目すべきはサーモグラフの記録開始直後の段階、裕市という熱量がデータに表れる瞬間の事である。それまで時流に任せるかのごとく方々に散っていた搬送波の流れが、その刹那、熱量に向かって一気に収束していく。記録媒体の中での一つの秩序が保たれていた中で異質の熱源が出てくるのだからデータにない動きをとるのは当然と考えれば、それまでかもしれない。しかし、予告なく自分たちの住処に正体不明の巨大な熱源が膨張した時、反射的に立ち向かう行為をするだろうか。
「その時、体の不調とか違和感とかはないかな?」
「とくにはありませんが。」
三崎の疑問に同調するかのごとくさらりと答えたが、裕市には心当たりがあった。自分の身体に流れ込む存在は一つしかなく、ビーガルという裕市が映像世界を旅する際の友の存在である。裕市はそのことをここで口にはしなかった。徹底して科学として整理しようとする三崎の前ではビーガルや映像世界に飛び込んだ経験はまだ夢や魔法の世界のように思い自分自身でも整理が必要だった。ただ裕市はここで一つ確信したことがある。それはビーガルという搬送波生命体が毎回、自分と出会うことで誕生するということである。モニターに映し出される搬送波の流れは使用している記録媒体、時間ごとにその波形が変化している。毎回出会うビーガルという戦士が常に新鮮な感情で自分に向かってきた冗談ではなかったのである。そして、また裕市はその搬送波生命体と初対面を果たすのである。
「はじめまして、私の名は搬送波生命体・・・ビーガル。」
今回より分割で投稿します。(全10部で完結予定)
次回もお楽しみに。