第6話 秘めたる宙へ (五)
(五)
裏手に止めてあったフェルナンドが所有するスポーツカーに乗り込み、祐市と二人でこの警戒線を突破した。「彼らはちょっと未知のウイルスに冒されていて僕はそれを止めるためにきた。」と事情をこう説明した。
「それから、ナルスがあなたに会いたがっていますよ。」
「ナルスか・・・でも奴に会うことはもうないだろう。」
祐市の案内に対してフェルナンドは妙なことを口にした。フェルナンドは先の逃亡の最中、操られて攻撃してくるゲスト、ダンサーたちの奥に自分を見つめ続ける存在がいたことを見逃してはいなかった。
ナルスの逃亡先は自身の研究施設だった。山間に広がる場所に造られたこの場所は街を眼下に見下ろすことができる。さらにその果てにライトアップされながらも寂しげな塔が佇む。これからフェルナンドが乗り込むフォーエバー号だ。真っ赤なその機体は99.9mあり、国の威信も感じられる。その圧倒さに一瞬、見とれていた。
フェルナンドにとってはこの研究室が一番落ち着くと言った。メンバーはナルスに紹介してもらった優秀な人材ばかりだ。しかし、祐市にとってはどこか落ち着かないもので、彼らは研究にのめり込むあまりどうにも人の暖かさを感じない。
「君も少し休んでいくと良い。コーヒーならいれるよ。」
「ありがとうございます。しかし、僕にはどうにもこの空間が・・・。」
「君もこの雰囲気にはなれないか・・・。職員はみな自分の研究に没頭している。他の雑念も所長の僕にも誰も興味を示さない。そう調整されているんだ。」
「調整って、よくわからないけどクローンのようなものですか?それって・・・。」
「まあ、それ以上は言うな。機密を要する僕らの仕事にはあまり自由は許されなくてね。人間関係だってそうさ。」
フェルナンドは苦笑して誤魔化した。そんなフェルに一人の女性職員が話しかけた。開発したエンジンの調整が完了したとの報告だが、祐市にはその職員の瞳から働きがいとは程遠い精気というものが感じられないことに恐怖さえ思えた。
「フェル、ナルスに会いに行こう。レセプションでわかっただろ?君は狙われている。」
「さっきも言ったが、もうヤツと会うことはない。ヤツを巻き込むわけには・・・。」
「それは君たちもスパイ活動を生業としているからか?」
「な、なんだって!」
「今となっては二人しか解読できないピサォウル語を使って他国の情報を売り捌いているのではないのかと?」
「確かに厳密には僕らはこの国の生まれではないが、アストロノーツになるために今日まで必死になってやってきたんだ。僕の事を助けてくれたのは礼を言うが、僕たちを侮辱するなら今すぐここから出ていってくれないか。」
彼の憤りはもっともだった。祐市は最初から彼の動揺を招こうと言い放ったが、彼の気分を害するだけで終わってしまった。それでも職員は所長の怒鳴り声に動揺もせずに作業を続ける。祐市は仕方なしにこの場をあとにした・・・。
この世界の日が暮れていく。研究所からそう遠くない場所に小さなロッジが点在する。ロケットの観光を目的としたものだ。そのなかのどこかでの会話・・・。
「そうか、ヤツは狙われているのか・・・。なら、僕たちも離れた方が良さそうだね。それでフェルと一緒に研究所まで同行した男の身元は?」
「分かりません。話を聞く限りは初対面のようでした。」
「ならそれも上に報告だな。フェルめ、思いのほか使えない男だな・・・。」
二人の会話は尚も続くが、それを遮ってこの部屋の扉を叩く音が聞こえる。ホテルのボーイが来たのかと慌てて会話を止めたが、ノックの音がやけにけたたましい。間接照明を切り替えて部屋の明かりが全て灯された。
そこには祐市が既にこの部屋に侵入していた。ビーガルを介することで部屋の暗闇に紛れて入り込み扉の内側からノックしていた。
「はじめましてと言うことになりますね、ナルス。先ほど少し未来でお会いしたのですが・・・。」
部屋のなかにはナルスと先の研究所でフェルともっとも話していた女性職員の姿があった。
「そうか、君はフェルのトレーナーと称しつつ、いつしかあらゆる面で彼を支配する様になったということか・・・。」
「お前は誰だ?どこの国のスパイなんだ?」
「どこでもない。この世界を修復しに来ただけだ。」
二人の会話の隙をついて、女性職員は銃を向けて放つ。しかしそれをビーガルが察知して前に立った。祐市はビーガルを目の当たりにしてなお同様なく銃口を向ける少女の冷たい表情に目を向ける。
「あなたはこうやってクローンを?」
「非人道的だと諭すならもう無駄なことだよ。どうあがいてもこれが俺のやり方なんでね。アイツを最高のアストロノーツにする。そのためには余計なストレスはかけたくないのだよ。」
そう言いつつナルスは手も元のあった書類を祐市に投げつけてはテラスから外へと飛び出した。女性職員もそれに追付いした。「待て!」と祐市も後を追ったが、テラスより先は斑模様に歪んだ空間が広がっていた。
「どうやら、この世界の限界のようだ。」
ビーガルに諭され祐市は気持ちを落ち着かせた。
「わかった、なら帰ろう。」
今回も最後までお読みいただきありがとうございます。
次回もお楽しみに。
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