第5話 Ride on Remaster (十)
(十)
憎悪の元凶となった信二を押えていたにもかかわらず予想以上のサーバーへの浸食を果たすウイルス。誘拐犯が消失する際の抵抗・・・。ビーガルの違和感を紡いでいくと、電脳世界の外からの影響が考えられる。裕市はそれを齎す悪意を突き止める戦いがあった。
《100%のデータ移行が完了しました》
アドバンスAR社のデータ管理室のサーバーラックの一角の目立たない個所でそのサーバーと繋ぎ合わせた自らがもつタブレットPCからこのメッセージが出たことに安堵の一息を漏らす男がいる。そのPCには自作したと思われるデバイスが取り付けられていて異様な形状を見せる。常に暗室である管理室の中でその顔を確認することができない。
「何をしているんです?」
その声は山本のものであった。
「・・・いや・・・ちょっとした参考資料ですよ。」
「自分のPCへの移行はコンプライアンスに引っかかりますよ。」
二人の真に無言の空気が一瞬流れた。その一瞬の隙を突いて男が立ち去るが、すぐさま反対側から呼び止める激しい声がその足を止めた。
「一ノ宮!」
急に男はあきらめの表情に変わって振り返った。そこには山本には西条として親近感を憶えていた男の姿であった。涼子は怒りを通り越して随所に憐れみに震えている。「まさかあなたが、ここの研究所にいたとはね。」以前は涼子の研究所に所属していた西条=一ノ宮は当時、日ごろからの涼子のワンマン体質に耐えかねて事務所を辞した後、その復讐の矛先を息子の信二に向けていた。その後、西条と名を変えた一ノ宮は大杉の事務所に雇われた後、この機会をチャンスと捉えていた。しかし、男は最大にして唯一のチャンスをものにすることができなかった。
事件は終わった。後に一ノ宮は犯行当時のことについて「信二君が泣いていたから・・・。」と供述していた。「本当にそうだったのか。」予測された世界とはいえ、あの当時の世界を訪れた裕市には疑問が残る。
歴史的成果をもたらす共同プロジェクトは過去の陰惨な事件を蒸し返すだけで終わった。警察の供述を受けるまでの間、木藤涼子はこのプロジェクトユニットの整理とレポートのまとめを行っている。相変わらず顔つきは情の入る隙間がない。しかし山本には彼女の中に逆流する涙腺を感じていた。
「もう、無理をしなくても・・・。」
山本の問いかけに涼子はPCへの入力を止めて少しだけ男に目を向けた。
「でも、こう生きるより仕方がないじゃない・・。」
それは山本に対して見せた初めての優しさであった。
‐第五話終わり-
最後までお読みいただきありがとうございます。
新しい裕市とビーガルの冒険はまた改めて・・・。