第5話 Ride on Remaster (八)
お読みいただきありがとうございます。
次回もお楽しみに。
(八)
被験対象者の肉親が研究員として参加していることに問題はないのか?施設の所長である大杉信也はこの答えに対して口を噤んでいた。今回のプロジェクトを通じて大杉は多額の補助金を得る考えがある。しかしこの事業を正規の条件に申請すると木藤涼子の件を含めて国立研究開発法人から正式な認可が下りるには時間を要する。今回のプロジェクトはアドバンスAR社をメインに複数の社が合同で進めた。リマスタープロジェクトはその数合わせに過ぎない。それによりプロジェクトの規模や重要性を高め、同時に木藤涼子の存在を希薄化させる狙いがあった。それにより億単位の補助金を得たことで今日の日が迎えられている。ここにいる研究員はそうした闇の既知不知を問わずに研究を続けている。それは今までもそうであった。すべては上から言われた通りに動くだけである。「まあ、それもいいじゃないか。」と西条もまたその闇を受け入れていた。西条とって上司の方針がどうであれ充実感のある研究を行える環境があることが純粋に気に入っている。研究所ごとにその方針が様々ではあるが、山本にとってはそれでも許せない鬱憤がたまっていた。
「まったく、今度は研究の私物化か・・・。」
「でも、情はあるみたいだけどね。」
裕市の言葉に山本はよせた眉を少し戻した。これまで非常と思える涼子の姿ばかりを気にしていたが、その行動に通ずる先に信二という息子の存在がある。すでに始まったプロジェクトであるが、その考えに山本は涼子の進める歩を見守ることにした。
「お・・・かあさん・・・?」
「そうよ、信二。わかるでしょ?」
少年は自分の存在を赤子から確認するように「おかあさん」ともう一度声に出した。その表情は目鼻をはじめすべてにおいて丸くまとまっており。赤らんだ頬がだれか見てもかわいらしかった。それ表情を見て涼子も穏やかさをとりもしている。こんな表情は少なくとも三年ぶりの事である。その間、涼子の研究所に入った研究員にとっては初めてのことであるし、長年所属していたものにとっては懐かしくもあった。涼子の研究所員は一同、少年の表情とともに目を同じく丸くし輝かせた。殺風景な施設と思われた空間に穏やかでありながら暖かい時間が流れた。「こういうことなら・・・。」と山本も今回の事に自信が持つ憎悪をおさめて二人から目を離してモニターに目を向けた。
「教えて、あなたを殺した犯人のことを。」
「犯人?」
「そうよ、仇をとるわ。あなたの・・・。」
「ぼくの?」
この会話に空間は(特に裕市にとって)ふたたび殺伐さを取り戻した。君塚信二の死因について裕市は心に案じていた最悪の事態を苦慮した。木藤涼子には信二をよみがえらせたいという母としての気持ちだけでなく犯人に対する復讐心も未だ内包されていた。失われた命がよみがえらせるのであれば、その気持ちも抑えられるのではないかと期待した裕市の気持ちは甘かった。
「いけない!憎しみが高まっている。」
裕市はそう叫んだものの周りに伝わるにはあまりにも遅すぎた。裕市には記録媒体に残留思念が宿るというなら犯人を憎む母親の憎しみもまた宿る。対象エリア内の憎悪はすぐさま現実のものとなった。
「許せない・・・仇をとる・・・。」
「わかった・・・。ぼくがかあさんの思いをかなえてあげる・・・この憎き世界を!」
未就学の少年はまだ習ったことのない表現を口にした。それはこの施設にあるビッグデータを更に読み取っている。見た目はあの時の少年であっても、もはや木藤涼子が求めていた人物をはるかに上回った異形体である。しかし涼子は未だ本人であることを疑わない。その足先はまた一歩、少年に近づく。憎悪が呼応していた。その呼応は館内の設備に異常をきたし所々がスパークした。多くの職員が慌てふためく中、裕市は咄嗟にリマスターパーツに向かうと近くにいた山本を確認した。
「サポートを頼む。」
未だ戸惑いを見せる山本であったが、裕市の力強い形相に従いいつものプロジェクトの起動作業を行った。
「はじめまして、私の名は・・・。」
「挨拶はあとだ。ビーガル、いこう!」
裕市はビーガルの光をつかみ、世界への扉を開いた。未だ混乱する現実の世界であったが、一瞬にしてリマスターパーツの分身が飛び出すと憎悪となる少年の胸を押えてそのまま向かいのスクリーンボールへ飛び込んでいった。すると異常をきたしていた館内は静寂を取り戻したが、その原因となる戦士の影を目撃できたのは山本だけであった。
「庄野さん・・・。」