第5話 Ride on Remaster (七)
(七)
今回のプロジェクトでよみがえらせるのは君塚信二という5歳の少年である。幼年であることから必要資料が少なくて済むことから今回採用された。これまでの経歴は可能な限り個々のデータ管理室に保存されている。大杉が運営しているこのアドバンスAR社の施設はVRを中心とした情報技術である木藤涼子が進める遺伝子工学とは相いれない存在であるが、涼子が研究する人工細胞を導電性のペーストに変異させることでこの二つの分野を一つに繋げることが可能だという。そしてこれまでのデータを導電性の遺伝子細胞に読み取らせることで失われた命の続きが行えるという仕組みである。
(人間の生命の取扱いもここまで来たか・・・。)
記録媒体が人間の蘇生の一つのファクターとなることを知った時、裕市はふと馬暮の忠告を思い出した。記録媒体が現実の世界にまで影響を与えることは案外難しいことではないのかもしれない。そう思うと裕市は急に足元が覚束なくなり危うく転びそうな態勢になったので咄嗟に近くの壁にもたれかかった。現実世界の地面が急に柔らかく感じた。周りの人間が不思議そうにこちらを見ている。
「庄野さん、大丈夫ですか?」
語りかけたのはやはり山本だった。
果たして様々な思いを積んでこのプロジェクトは本番の時を迎えた。涼子の見立て通りあどけない少年はスクリーンボールを通じて投影された。形成を続けることで、ここからバイオ3Dプリンターのジェルが定着するまではまだ二十時間必要で、現状はホログラムの状態である。オペレーターの裕市がリマスターパーツで触れようと対象の少年に接近するが、それを振り切って近寄る存在があった。その力は裕市の力で押し返せたが、そこに芯の強さというものを感じ、抵抗することをあきらめさせた。その力をもう一度見直すと、そこには少年に向かって木藤涼子が立ち竦んでいた。
「何をするんです。」
裕市の問いかけに涼子は答えずに少年に向かってつぶやく。
「あのころと変わらない・・・。」
涼子の暴挙に裕市には先ほどから感じるムズムズする気持ちがようやく収まる言葉を思い出した。「君塚・・・。」それは前日の事である。こんな時はリマスタープロジェクトを行う場合、裕市は過去の内容の下調べを行っている。主に人物を追うことが多いが、今回は過去を訪れることもないのでそれとなく木藤涼子の経歴を追ってみた。「君塚」という名前は以前、木藤涼子の経歴で結婚後に使われていた名前である。現在は旧姓に戻しているが、それは離婚時ではなく数年後のことである。前夫との間に長男が一人、「信二」と名付けられた。以前から研究者として強気の姿勢は変わらずにいたが、長男が生まれてから数年間は手作りのアップルパイをラボの仲間に振る舞うなど母性という穏やかさを感じていたという。しかし、夫との擦れ違いによる離婚で再び冷徹さを取り戻し、しかも親権を得た息子を育てるという使命感が一層、仕事への執念を燃やしていた。
(それだけだったらいいけど・・・。)
裕市は先に涼子の突きつけた鋭い視線を案じて心の中でつぶやいた。
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次回もお楽しみに。