第5話 Ride on Remaster (六)
(六)
データ管理室から直結した階段を更に降りると地下に緑のシート外裏面に広がる体育館のような施設が広がる。そこにはすでに複数のパラボナを括り付けた特製の塔が三対になっている。各パラボナの示す先の中央には天井から吊るされた白いスポンジボールが備わっている。ほかにも何かを計測する機材が点在するが、専門知識のない裕市にとっては中央に鎮座する巨大なトライアングルの奇妙さばかりが気になって仕様がない。
「AR反映型の3Dモニターです。」
涼子が口火を切って紹介するが、裕市にはいまだにピンとこない。先日のコンペでベストプランナー賞を受賞した「AR空間においてのアナザーアース構築」の実用設備がベースとなっていてさらにスコーピス社のリマスターパーツが連動した装置が広大なスペースに広がっていた。この施設のスパコンとも直結してデータ内の地球の一部をこの場所に再現しようというのである。細かい説明がこの実験場に飛び交い、大杉の研究員たちの指示に従ってゲストのメンバーが配置につく中、頭のまわらない裕市は率直に涼子に近づいて問いかけた。
「ずいぶん大規模のプロジェクトですが、ここまでしてあなたは何を作りたいんですか?」
「つくるんじゃない、蘇らせるの。」
「何を?」
「一つの命・・・。」
女は特に強い視線を裕市にぶつけた。裕市はこれ以上何も言えず、涼子はそのまま自分の作業に戻った。その後プランニングを進めてみたが、どうも天才の考えていることに周りの理解力が追い付けない。依頼された生成プロジェクトであれば、対象となるモノの作成だけに全力を注げばいい。それなのに涼子は周りの空間の資料を提供してくる
9月21日 ハンバーグ 1,237㎉
9月22日 麻婆豆腐 950㎉
9月23日 肉じゃが 1,049㎉・・・
暖かみのある家庭だが、このデータがなんになるというのか。特に山本には不信感ばかりが募る。問いただしたところで、「あなたには関係のないこと」とピシャリとシャットアウトしてしまう。
その後も慣れない環境と納得いかない仕事でふてくされている山本に大杉研究所の職員である西条文祥は「いいじゃないか。」と苦笑した。ここの設備についてレクチャーを行う研究員がそれぞれのカテゴリーに一人ずつ点在しており、山本たちオペレーション整備担当グループには肌の浅黒いこの男が選ばれた。研究員と思えない大柄の体格は他の研究員を威圧するが、本人はそれを気にして常ににこやかに接した。実際その無邪気な笑顔の通り男はこの研究に対しても屈託のない興味ばかりを山本たちに話した。「だって、命の蘇生なんて科学者の夢じゃないか。」そういった発言を繰り返す男の姿勢にいつしか山本もこの空間に対する「闇の力」を押えて検証に没頭していた。
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次回もお楽しみに。