第5話 Ride on Remaster (四)
(四)
「皆さんには思い出がありますか。楽しかった思い出もそうでなかった思い出も・・・。そんな思い出を私たちは現実にする術を見つけました。その想いを形にしたのがこのライブリマスタープロジェクトです。」
場内でチーフの仁王がプレゼン用の口上を述べる。
「それではご覧いただきましょう。」
今回は会場へのプレゼン用に裕市のアーマーを通して見えるモニターを場内スクリーンに映し出す仕組みとなっている。しかし場内に映し出されたのはノイズ交じりのデジタル時代に映し出された砂嵐であった。会場内の人々は一斉に目を細めて耳をふさいだ。
一体中では何が起きているのか。明帆はこの日、初めて裕市のことを気にした。何もない空間の中で裕市はただの一コマ目から動こうとしていない。会場ではただの静止画だけが映し出されて不満があふれ出す。現状、裕市自身もその一コマに映る客席の男の存在に動くことができない。
「君はあの時の君とは違うはずだ、なのになぜ?」
「記録媒体は残留思念に影響を与える。君が私対して迷いがあるというなら、私は君の前にあの時の私として立ちふさがる。」
「ぼくに迷いなんて・・・。」
そういって裕市は首を横に振った。現状いまの仕事に満足している。今回のコンペの出展できたことも先日の大和田渉との一件で仕事の対する自分の在り方を見出せたからこそ提案できたものだ。この仕事を通じて新しいことに触れあいそれが新しい仕事につながっていく。大和田渉にはいまだ不満もあるが、彼の持つベンチャーの精神は見習うべき点もある。大和田のような規模の事業ができるわけではないが、自分は一オペレーターの立場から目の前の事を一つずつこなしていくことが大切だと感じている。
「本当にそうですか?」
馬暮はまるで今の裕市の心の内を呼んでいるかの如く、睨みつけるように問うた。「どういうことです?」と裕市はぐらついた気持ちで応える。実際、この男の真意が見えない。
「あなたは特別な力を得ている。それをもっと有益に使うべきだ。」
「特別な力」の存在は裕市も確かに認めている。でもそれはビーガルであって自分の事ではない。確かに危険も伴うが、この力を得たことによって仕上がった映像は記録媒体に宿る残留思念も汲んでよりクリアな映像だけでなくその当時の臨場感や暖かさも加味されている。それは依頼者にも理解され評価も得ていることは事実である。一オペレーターである裕市としては現状の仕事に付加価値を与えることに満足している。これ以上の有益なことは考えようがない。しかし、馬暮は裕市の偽善的使命感を鼻で嗤う。
「以前、あなたは怒りに任せてこの世界を破壊しようとした。実際、赤星聖也というアイドルを公式に抹殺している。」
「殺してなんていない!」
「同じことさ。命を奪わなくてもその男の歴史、存在、記録・・・。人が残していったものを消滅させることであの男は抹殺された。」
「・・・。」
「そしてあなたにはその力をフルに使うことができる。世界でさえ消滅させることもできる。この世界で言えばあなたは支配者にだってなれるんですよ。」
「そんなもの・・・所詮は記録媒体に過ぎない。」
「それはどうでしょうか?あなたは現実の世界で生きる意味を感じているんですか?広い宇宙の中ではあまりにも狭い世界、短い人生の中でまるで掌の上で踊らされるようなつまらない日々を送って死んでいく・・・。そんなものは世の中ではごまんといるんですよ。現実世界で生きることに何の価値があるというんでしょうね?」
「記録媒体の人間の詭弁にしか聞こえないな。」
「そうですか。今日のところは、私の話を聞き入れてくれただけでも充分です。このことを思い返していただければ幸いです。」
目を伏せながら馬暮はぱちんと二本の指を鳴らした。終始、男は敬う言葉遣いだった。裕市はそれが気味悪く感じた。それを振り払った裕市は咄嗟にリマスターパーツのマスクを脱いでいた。眼前には多くの聴衆が未だどよめきが静まらないままである。いつもと違う会場であり戸惑いはしたが、それでも山本は裕市のもとに最初に駆け寄った。
「大丈夫ですか?庄野さん。」
「あぁ・・・。」
数分後作業は再開され、完成したフィルムの映像が公開された。途中裕市の個人的なアクシデントに見舞われたが、フィルムの仕上がりはおおむね好評ではあった。それでも編集した山本はフィルムの仕上がりに満足ができない。そのことを裕市に指摘しようと思ったが、戻ったその先輩の痙攣にも似た震えを見て自分言おうとした指摘をついに言えなかった。
「俺は・・・なんて未熟なんだ。」
山本が唇をかむ仕草を裕市は知らない。
「山本君、すまなかった。優勝できなかったのは紛れもなく僕のせいだな。」
そのことに関して山本は落ち着いていた一言もらした。
「別にいいですよ、あの人も優勝できなかったようですし。」
山本は裕市に見向きもせず、一人の女を見つめていた。そこには先ほどリマスターブースに足を踏み入れた木藤涼子の姿があった。
お読みいただきありがとうございます。
次回もお楽しみに。