第5話 Ride on Remaster (二)
(二)
会場内にはコンペのために出店した企業ブースが点在している。庄野裕市は敵情視察とばかりに場内の大枠を回っている。リマスタープロジェクトメンバーの宝生明帆も裕市に同行してその状況をレポートしている。明帆はここでもラボと同じく白衣をまとっている。インナーは普段着であるが、冷房がややききすぎた場内では機能的にも白衣は都合がいい。科学コンペではこのような出で立ちの参加者も多く一目で科学者だとわかる。裕市は先日の麹町のショッピングモールを巡ったことを思い出したが、先日とは異質な空間では気持ちを仕事に向けている。取り柄の笑顔も控えめである。明帆はとある企業ブースに足を止めて手持ちのメモ帳代わりのバインダーを取り出してしきりに書き留めている。
「未来予測VRか・・・気になるんですね。」
「ここは毎年、ノミネートされる常連企業というから。単純に情報が欲しいのよ。」
初出展となるリマスタープロジェクトは大手企業から受注することも多く、業界内でも注目をされているが、EXPOでの評判はまだ未知数である。自社のブースは仁王チーフに任せているが、ビーガルの存在がない状態でどこまで仕上がるかについては気になるところであった。それに次々めぐるブースを体験するとどこもクオリティの高さに驚愕する。
未来予測VRを出店したアドバンスAR社のほか、最新のDeep Leading(真相理解)を駆使した人型ロボットを出展したサイエンスブレーン社はスキンケア業界のファンドリー社とコラボしてそのロボットに特殊メイクを施して人と見た目が関わらない”Next Friend”プロジェクトを立ち上げたりしている。
「ロボット技術もここまで来たのか。」
裕市は他社の技術を次々に目の当たりにして唖然とした。そしてこのコンペで優勝できるかもという前評判の高まる気持ちが徐々に揺らいでいくのを感じた。それに反して、明帆はそのNext Friendと写真を撮るなどその会場を楽しんでいるかのようである。その喜びは先日のショッピングモールのとき以上の度合いがある。裕市は無意識にその「友達」が腹立たしくなった。
「ずいぶん楽しんでますね。一応仕事なんですけど。」
裕市は強めに注意を促した。その荒げた声に明帆は「そうね。」と首をかしげて反省した。二人はふたたび歩を進めた。場内を回って分かったことだが、機械工学による出展が圧倒的に多いことが分かる。自然科学や医療といった分野もほとんどが機械工学の恩恵を受けている。かくいう裕市たちの勤めるスコーピス社も例外ではない。中には出展作をオートメーションで算出した企業も数社存在した。そうしたコンピュータリゼーションの中に生きる私たちが胸を張って創り出した言えるものはどれだけあるのだろう。この広い会場の中でそんな疑問の風がどこからともなく裕市の心に突き刺さった。
「ここまで来ると、人間はもう不要なのかもね。」
「そうね、だから楽しまなきゃ損よ・・・。」
ここでも二人のモチベーションには温度差があった。裕市はそんな状況にあきれながら明帆の方へ視線を向けた。明帆は裕市とは別の方向へ視線を向けている。しかし、裕市の言葉に思うフシがあるようで歩を止めていた。
「それでも、やっぱり科学が進歩すると失われることがあるかもね。」
「宝生さんもそう思いますか。」
裕市はその時、今日初めて明帆と意思の疎通ができそうな心地がして言葉を合わせようとした。
「夢!」
「あ・・・えっ?」
「なんかね。誰かが作ったプログラムに縛られて、私たちがやりたい未来が失われているような気がする・・・かな。」
「そ、そう・・・?」
裕市は一瞬「愛」と答えようとして冷や汗をかいた。そして自分が思っているよりも考えがしっかりしている明帆の存在が先にいるように感じて気恥ずかしくなった。思えばライブリマスタープロジェクトも疑似的な時間旅行をしているが、その依頼はすべて過去である。当然ではあるが、かつての名作や歴史的な事件の記録媒体に魅入られて引き寄せられている。回顧主義とは聞こえがいいが、同時に現代の自分たちの非力さを感じていた。
「ま、そんなことはどうでもいいわ。次行きましょう!」
明帆は立ち止った裕市と憂いを振り払うかのように笑顔を取り戻してふたたび歩を進めた。
お読みいただきありがとうございます。
そして始まる科学技術コンペ、裕市はある男と再会する。
次回もお楽しみに。