第5話 Ride on Remaster
(一)
東京ビッグサイトを会場としたサイエンスカンパニーEXPOには毎年、大勢の人が集まった。平日開催ということで、主に勉強会の一環として集まった同業者や工業高校の学生たちが主な参加者であるが、盛況の場内に主催者は今年も胸を撫で下ろす。こうした科学コンペが成功すれば今後は開催規模を拡大して注目度を上げたいところだが、メディアでの取り扱いの小ささなどまだまだ課題も多い。それでも初参加八社を含む計三十二社の企業ブースと十二のスポンサー、そして二日間での述べ来場者数が十万人という過去最高を記録しており来年度の開催も場内にアナウンスされた。
リマスタープロジェクト擁する株式会社スコーピストのブースは初参加ということで奥にある共同ブースに設けられた。映像作品を数点、参加者が実際に修復作業を体験できるコーナーをメインにしている。ここへの参加は庄野裕市たっての希望であった。裕市もまさか提案する側になるとは思わなかった。名目として自社の宣伝となるほか他社との交流することで新規のプロジェクト案件や新たな事業への発展が見いだせるのではないかというものである。柄にもないこんな理由を裕市が述べた時、周りの人は目を丸くしていた。そんなこと提案する裕市自身も前回の大和田渉のビジネスチャンスを伺う姿勢が確実に(悪)影響しているのだろうと苦笑する。
実際、参加者は自分の手できれいになった映像の仕上がりに驚いていたひときわ盛況だった。そんな中、プロジェクトメンバーの山本秀生は会場内に設けられたブースの外部修復オペレーションを任されてひとり気を吐いていた。ブースの参加者の映像修復作業を外側からサポートするポジションである。しかし、どうも違う。普段、裕市が行う修復作業と比べて山本自身、あまり感動できていない。「何故だ。」山本はその違いが納得できないのだ。今年入社した新卒の若いメンバーにとってこれまで数回にわたって裕市の修復作業に際して素直に感動を覚えている。それは当事者の裕市にとっても驚くほどである。しかし特設のライブリマスターシステムとはいえ何度リマスター作業を行っても庄野裕市が仕上げるまるでそのフィルムの世界に飛び込んだかのようなその時代の空気感が伝わるものが完成しない。今までそのコツを何度、裕市に問いただしてもはぐらかされてします。
そしてまた一人リマスター作業を行う参加者が体験した。
(今度こそ。)
山本ははやる気持ちを抑えながら、自分でもできるという手柄がほしかった。それが評価につながるかはわからない。それ以前にこの仕事自体が世間から見れば前代未聞と言える。この世界の答えを見出すことはまさに手さぐりでありそれがやりがいであった。
この時に体験した女性も10分ほどの映像資料を使い修復作業を行った。しかし、これまでの体験者と違い特に驚きの声を上げることはない。山本にはそれが不可解だったがとにかく作業を続けた。
そんな中、映像世界で体験者の脳内にはフィルムのビジョンが浮かび上がった。まるで光の線が人の形を形成するかのようである。その光の人は体験者の語りだそうとした。
「はじめまして、私の名は・・・。」
「もういいわ。」
女は突然さえぎるように山本に鋭く声を上げた。
「えっ?」
人化した光は彼女の反応に驚きながらも具現化されかけた戦士の姿からふたたび元の搬送波生命体に戻ってしまった。勿論体験した女にはその姿は知ることはなかった。かぶっていたバイザーを外して首を二、三度振りなおして肩をほぐした。
「ありがとうございました。」
山本は声を掛けながら女に近づき彼女が手にしていたバイザーを受け取った。女は一様楽しんだかのように微笑を浮かべたが、すぐに長い髪を後ろに下げて整えると目つきを変えた。
「やっぱり気休めね・・・。」
女の吐き捨てるようなつぶやきが、静寂漂うこのブースを一瞬、凍りつかせた。慣れない持ち場で仕事をすることに集中していたので、直情的にはならなかったが、女がその場所を去った後で仁王が修復オペレーターの山本に近寄ってきた。
「気にすることはない。あの人はそういう人なんだ。」
「チーフあの人のこと御存じなんですか。」
仁王は山本の方を二度ポンとたたき再び立ち去る女の後姿を目で追った。
「木藤涼子か・・・。」
大学時代物理を専攻していた仁王だけが、その天才の存在を知っていた。
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