第4話 拭えない自分(十)
(十)
そしてついに怪物は消滅した。戦いを終えてエネルギーを放出した裕市は近くの瓦礫を支えに倒れ込んだ。しかし渉が近づいてきたのが分かったので裕市は平然として再び立ち上がった。
「不覚だが・・・。」
「えっ?」
「・・・ありがとう。おかげで敵を倒すことができた。」
「・・・そうか。だが、礼を言うべきは俺の方かもしれないな・・・。」
予想に反して渉に感謝されると思ってもみなかった裕市は傾きかけたお辞儀の角度を改めて元に戻した。思えばお互いに礼を交わすべき男がいる。その男の肉体は死期迫るかの如く透明度が増していた。
「おじいさま!」
「いいんじゃよ。ワシの思念が消え去れば、それだけお前が甘えずに社長として独り立ちできる証拠なのだよ。」
竜馬=兵蔵はそう諭したが、ここが映像内の世界である以上、現実を直接変えることはできない。渉はこの後、原子力事業の失敗によって業績は後退。様々な事業を手放し上場廃止にまで追い込まれる。そしてかねてからのブラック企業の体質も指摘されて渉の代で一族経営は終了する。そんな未来を知っているから裕市からすれば、滑稽な慰めだった。それでも兵蔵は消えるまで孫に話し続けた。
「それに大和田工業は人材に恵まれているかもしれないな。」
「ここにいる庄野裕市はうちの社員じゃありませんよ。結局、明日になれば、俺はまた一人ですよ。」
「経営者の宿命か・・・。ならせめて今日は嫁さんのもとに帰ったほうがいいな。」
竜馬が振り返るとそこには戦場の煤が顔に掛った美佐子が渉を一点に見つめていた。
「あなた、忘れ物ですよ。」
こんな日でも美佐子はとぼけたかのように笑顔を振りまき弁当が入った風呂敷包みを抱えている。渉は先日のように困惑しながらも感謝の苦笑を禁じ得なかった。
「社長、愛妻弁当ですか。実はうちもなんですよ。」
ひとりの社員が勇気を出して声を掛けた。渉と美佐子の何気ない微笑みが周りの社員をひとり、また一人と近寄りやすくしていた。渉にはその理由が分からないが、思いもよらず男が手にしたくてもできなかった絆をつかんでいた。二人の夫婦を中心に広がる輪を見つめる逢う姿に満足するかのごとく竜馬はその姿を消した。もう二度と渉の前に現れることはないだろう。ここまで目の当たりにした裕市にはどうしても疑念が消えなかった。冷淡だった大和田渉が最後に丸い性格となって社員たちに笑顔で囲まれている。こんなことは現実にも起きていなかったはずである。
修復されたフィルム試写してもそんなオフショットはもちろん大和田兵蔵の姿も映し出されてはいない。裕市は試写室でつぶやいた。
「結局、俺は何をやってるんだか・・・。」
「そんなことないですよ。きれいな完成品じゃないですか。モニター越しですが、俺、毎回庄野さんの丁寧な仕事ぶりに感心します。」
「そんなこと言ってくれるのは秀ちゃんだけだよ。」
裕市の言葉に男は満面の笑みを見せた。今年の新卒でリマスタープロジェクトの修復オペレーターとして他の先輩の補助や雑用をこなしている。少し髪をとがらせているが、いまどき珍しくどんなことに感情的に驚いたり悩んだりする子分肌な性格をしていて仕事はまだまだだが、いるだけで安心できる存在である。裕市もそんな後輩の屈託のない笑顔に今回の仕事のやりがいを見出した。
今回のプロジェクトが終わって、裕市はタイムカードの読み取り機の前の通路で脇から機材を片付ける宝生明帆と出会った。そういえば、あれ先週末以来、社内で一度も会話をしていない。
「お疲れ様!」
「あっ、お疲れ様です。」
いつも通りのにこやかな笑顔で明帆は応えた。どうやら嫌われてはいないらしい。それが分かっただけでも裕市にはうれしかった。しかし、その余韻に浸っている場合ではない。ラボルームに下がる明帆に裕市は勇気を込めて呼びとめた。
「あの、明帆さん、今度×××のライブツアーがあるんだけど、一緒に行きませんか。」
明帆がこのアーティストのファンであることは調べているので次も時間をくれる可能性があった。その時、裕市は試しに心の中で念じた。
(僕の力になれ!)
少しの間を挟んですぐにその回答はかえってきた。
「えー、もちろん・・・お断りします!」
裕市の肩を落とす姿を見て女は満足そうに微笑んだ。
第四話終わり
お読みいただきありがとうございます。
次回から第5話がスタートします。
第5話「Ride on Remaster!」
お楽しみに!