第4話 拭えない自分(九)
(九)
(シャドーライザー)
ビーガルは再び姿を現した。その巨人は主が未だに迷いを抱えているのかという不安が残る。先の戦いから正味二〇分も満たない。その間に人は大きく変われるというのか。
「この世界の希望というものに賭けてみることにする。」
裕市は竜馬の姿を見て確信した。あれほどまでに残留思念が具現化した例はこれまでにない。そして竜馬の正体を知ることで裕市は後光のさす男との場を渉に任せて自分の向うべき場所へ駈け出した。以前、竜馬が言っていた建築家というのは口実だということは裕市にも分かっていた。その場しのぎの調子のいいやつではあったが、記録媒体の無機質な空間の中でその男は妙に明るく暖かみのようなものがあった。
「やはり、あなただったのですね・・・おじいさま。」
先日の未来会から自分の悩みの先に纏わりつくこの男の姿を考えると結論は単純だった。この男が自分の求めている経営者とは思えない。だが今、経営者として苦しむ中で考える先には創業者の存在を無視できない。まだ幼かったこともあり大和田兵蔵が社長だった時代を渉は知らない。あるのは孫を溺愛する調子のいい好々爺の姿でしかない。このフィルムの世界に宿る残留思念が竜馬という霊として現れたのも必然と言えるだろう。
「こんな形でお前に会えるとは思っていなかったが、渉の立派な姿が拝めてうれしいよ。」
とはいうものの、竜馬の姿となった兵蔵は心の中で恥じていた。このような形で孫の前に現れるとは無意識にこの世にまだ未練があるらしい。フィルムではこのようなことまで記録されていることに未来の科学の素晴らしさも同時に感じていた。これもモノづくりを行う職人気質が持つアンテナが反応してしまうのだろう。ならば、今ある力をもってビーガルという巨人を援護したい。兵蔵は創業者として大和田工業の威信をここにかけていた。
「渉、俺と一緒にやってくれるか。」
「喜んで。でも今この会社の社長は私ですよ。」
「いい心意気だ。」
気丈に振る舞ってはいるが、渉もまた祖父とともに仕事をすることが嬉しかった。代表取締役ではあるものの自分一人では何もできない。その弱さを自分は知っている。「この男は強くなる。」兵蔵もそのことが確信できた。
(僕の力になれ!)
未だ不服であるが、裕市はそう念じた。ショーコマンダーとして光の衣をまとった裕市もまたビーガルの傍観者ではいられない。リマスタープロジェクトの一環でサビを取り払う使命がある。力を込めた右腕を原子力貯蔵の建屋があると思われる方向に向けた時、霧の奥で何かが光り輝いてきた。その光は裕市の纏う衣に黄金色と同じ色彩であたかも同類が呼び合うかのようである。そして裕市に向かってその光が降り注いだ。おそらくそれは残留思念の粒子であろう。それは人の想いによって希望にも脅威の対象にもなる。裕市はそれに対する自分の緊張を押し殺すために無言だった。少しでもこの光の中に潜む放射能を感じ取ってしまうと、それはとてつもない苦痛を受けることになる。
そして裕市は余計な雑念を振り払い空っぽになった自分にその光のエネルギーをすべて取り込んだ。しかし、そこから男は動かない。
「どうした裕市、まだ迷っているのか?」
ビーガルの問いかけに裕市は静かにほほ笑む。
「これがこの時代の人たちの希望でもあったんだ。」
「苦しいか?」
「いや・・・悔しいが、この膨大な力・・・認めざるを得ない。」
さらに裕市は瞳を閉じて自分に降り注がれるエネルギーを味わうかの如く身体で噛みしめた。その力を神経の隅々まで行き渡らせると今までにない感覚が研ぎ澄まされる。
「ビーガル。敵はこちらに近づいているのか?」
裕市は目を瞑ったままだったのでビーガルは驚いた。この時代エネルギー開発競争で国家間でも争いが行われていた。そのことを顧みれば、今この力をまとっている自分にはその意味が痛いほどよくわかる。怪物たちはビーガルの目前にまで差し掛かった。裕市はもう一〇分以上その場に立ち尽くしたままだ。
「裕市!まだなのか。」
前回の戦闘と異なり今度はビーガルの焦りが頂点に達したところで裕市はカッと目を見開いた。追い詰められたことを待っていたかのごとくその焦りさえも力にかえようとしていた。そして突き出した腕から還元された思いの力がビーガルに注がれた。
黄金色の光がビーガルに注がれると金色の炎となって戦士を灯した。
「またしてすまなかった。」
「いや・・・おかげで純粋な力があふれてくる。迷いを吹っ切ったみたいだな。」
「あぁ、僕たちも戦おう。」
ビーガルは鏡棍を握りなおすと高く舞い上がり落下の勢いとともにその儘的に振り下ろした。怪物は苦痛を見せる間もなく消滅した。その間、ビーガルの闘気は注がれ続けている。ビーガルの動きに合わせて裕市の腕から気を送っている。その眼には最早サビの醜気などに屈してはいない。ビーガルは裕市が「僕たちも戦おう」という言葉の意味をしっかりと感じていた。
その勢いに一体、また一体と確実に怪物たちを仕留めていく。それでも無尽蔵に発生する怪物ではあるが、倒しながらも徐々にその出所に向かっていくビーガルの姿は頼もしいものである。そして裕市もその英雄を追って一歩一歩前へ進んでいく。
(このままではやられる!)
そんな声が聞こえてきそうなくらいに感情がないはずのサビの怪物たちも焦りの仕草を互いに露わにした。それに対抗するため、彼らは互いに協力し合い最大の武器である腐食機能を地上に放った。それは周囲に散在する大和田工業の重機にも及んだ。ショベルカーや掘削機などまだ撤去していないものを腐らせ、そして引き寄せた。ついにはそれを取込み腕をドリルやスコップのようにカスタムした怪物たちが完成する。これにはビーガルも動揺した。その姿を見てドリル化した腕をスピンさせる怪物たち。まるで子供のようだ。だがその新しいおもちゃはすぐ機能しなくなった。
「ここにあるのは我が社が世界に誇る製品ばかりだ。腐らせてたまるか。」
「おじいさま。」
竜馬は裕市の姿をみようみまねでその腕を自社の製品に向けた。そのもくろみに確信はなかったが、どうやら思い通りにいったようだ。その姿に見とれる渉はほんの一瞬ですぐに竜馬と同じく手をかざした。今の大和田工業の社長は自分だという主張も兼ねている。その想いを感じ竜馬=兵蔵は軽く笑みを浮かべた。そして渉がさらに集中すると竜馬の透明度は前にも増して高まりほとんど見えない状態となった。
お読みいただきありがとうございます。
次回、第4話完結!それぞれが導く結論とは?
お楽しみに。